けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

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mioritsu

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降りしきる雨が校庭に染み込む音と匂いを感じながら、
澪は観音開きの片側だけが閉じられた、生徒通用口のガラス扉に寄りかかる。
冷たいガラスには、赤字で大きく『締切』と書かれた貼り紙。
そのガラスに、触れている背中や肘をじわじわ冷やされる。
下校時間をとうに過ぎ、他の生徒の姿は見当たらない。テスト対策に図書室で勉強をしていたら、
気づいた時には外は大雨。すっかり帰るタイミングを失ってしまった。
おまけに、朝の天気予報は確認した筈なのに、肝心の傘を忘れて来ていた。
やっぱり自分は、律の言うとおりどこか天然なのかもしれない、などと自嘲しながら雨が上がるのを待つ。
この天気の中、カッターシャツにベスト姿ではさすがに寒い、澪は自分の体を抱き締めるように、腕を組んだ。
そして曇天の空を見上げる。
この季節ならまだ明るい筈の時間だが、低く黒い雲に覆われ太陽の輝きは見えない。
薄暗闇の学校に、自分1人。
改めて意識すると、寒さ以外の理由で身体が震える。

「早く止まないかな」

それを紛らわすように、あえて独り言を言ってみる。



しかし、一向に雨は止む気配を見せない。
澪は、ガラス扉に寄りかかる前にした確認をもう一度試みる。
やはりスクールバッグの中から折り畳み傘が見つかるような事は無かった。
ふう、と溜め息。そして再び雲を睨みながら空を見上げ、

「雲の向こうは、いつも晴れてるのにな……」

羨ましそうに、それ以上に寂しそうに呟く。

視線は空に送ったまま、澪はふとあるメロディーを思い浮かべていた。それが、雨音に混じって幻聴として聴こえる。
去年、まだ軽音部が4人だった時に、初めて録音した思い出の曲だ。
今の気持ちにはぴったりかなと考えながら目をとじる。
そしてそのメロディーに従って鼻歌を歌い始めた。

翼をください

誰もいないのを良いことに、他人にも聴こえる程度に高い音を奏でる。いよいよサビに差し掛かろうという所で、

ぷあっ

不意に音が響いた。
目を開き、その音がした方へ振り向く。



自分の左隣、開かれた方の扉を挟んだ向こう側の壁に、ハーモニカを構えた律が、同じように寄りかかっていた。

「律!?いつのまに……」
「続けてよ」

澪の顔を見ないまま、その言葉を遮る律。

「続けるって、さっきのか?あれはほんの暇つぶしで……」
「良いから、ほらほら」

何が良いんだ、と首を傾げつつ、周りを見回す。2人以外に人影は無い。

「……じゃあ、最初から」
「ん、分かった」

律はハーモニカに唇を触れさせると、丁寧に前奏から始める。




校庭へと視線を移し、もう一度その目をとじた澪は、
今度は鼻歌ではなく、その歌声を響かせる。
生徒通用口の前で、2人だけの演奏会。
雨音にかき消され2人が奏でるメロディーは他の誰にも届かない。

結局澪は、最後まで歌いきった。
それに少し遅れて伴奏を終えた律が、ハーモニカを持ったまま拍手。

「やっぱり、澪は凄いな」
「何だよ、急に」
「だってさ、ほら」

律の言葉に、目を開ける澪。
濡れた校庭に、濡れた街並みに、幾本かの光がさしていた。
あれだけ降っていた雨は、五分足らずの間にすっかり上がったようだった。

「澪が歌うだけで、空だって泣くのをやめちゃうんだからさ」
「なんだか、律の柄じゃないな」

澪は口元を手で覆ったまま笑う。
本当は、律が来たから晴れたんだと思う、なんて言ってみたかったのだが、どうしても言葉には出来なかった。
気恥ずかしさを誤魔化す為に笑い続ける。

「な、なんだよー?あたしそんなに変な事言ったか」

あまり律の機嫌を損ねない内に、澪は涙を拭って笑いを収める。

「っごめんごめん。律にしてはさ、なんか感傷的だなって」
「雨のせいだ、雨の」

そう言ってそっぽを向いた律の耳が、みるみる赤くなっていく。




澪も、律を視界から外す。明るくなり始めた空に顔を向けた。吹き付ける微風は、まだ雨の香りが混ざる。

「でも、どうしたんだよ律?唯達と帰ったんじゃなかったのか?」
「そう、なんだけどさ、なんか忘れ物した気がして……」
「戻って来たのか?」
「うん」
「それで、結局何を忘れてたんだ?」
そう聞いたが、律からなかなか返事が来ない。澪が顔を向けると、そっぽを向いたままの律が、ボソリと一言。
「……澪」
「へ?」
理解できないまま固まる澪と、律の目が合う。
「澪、傘忘れてたなぁって」
「傘?……あ、ああ、傘ね」
一瞬変な勘違いをした自分の頭を恨む澪。表情には出さずに、言葉を続ける。
「それでわざわざ、傘、持ってきてくれたのか?」
「……うん。いらないお節介だったけどな」
白い歯を見せながら、律も空を見る。
「ううん、嬉しいよ。ありがとう、律」
「おぉ。澪にしては素直じゃん」
「あ、雨のせいだ、雨の」
今度は澪がそっぽを向くが、
「もう止んでるって」
「ああ、そうだったな」

長くは続かず、2人は笑顔を向けあう。



雲の流れが速い。先程まで空を覆っていた雨雲は、細く千切られながら夕焼けの空に消えて行った。
その空を見上げたまま、2人は言葉を交わす。

「澪。雨、止んだけど。帰らなくて良いの?」
「律は?」
「家はほら、緩いから」
「じゃあ、もう少しこのまま。良いか?」
「……わかった、つき合うよ」
「ありがとう、律」
「雨のせい?」
「違うよ。お礼、言いたかったんだ。色々とね」

夕日で朱色に染められた校庭に、ハーモニカの音色が響く。
澪は空を見ながら、その音に聞き入っていた。体は、もう震えない。
それでも、

「雨も、悪くないかな」

また、独り言を呟いてみた。


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