けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

冬の明日

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mioritsu

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「澪、見てみろよ!」
「なんだよ?」


テーブルの上の準備をしていたら、律が陽気な声を上げた。
窓際に立って外を見ている律が、外を見つめながら私に手招きする。
少しばかり興奮したような口調が気になった。
私は持っていた物を置いて立ち上がり、律の横へ移動する。
窓の外を見た。



「雪だ」



もう辺りは真っ暗で、向かいの家の屋根も黒の輪郭がほんのり見える程度だ。
その染みいるような黒の世界に、白い花びらが待ってるような光景。
私が思わず呟いた一言。それは花びらじゃなくて、紛れもなく雪だってわかってる。
だけど幻想的な視界の色は、息をすることさえも忘れかけた。

久しぶりに見る。一年ぶり。いや、もっと――……。
高校に入ってからは、見たのかな。見たのかもしれないけど、覚えていない。
いつだって雪が降っているのは、私の心の中と、詩の中だけだったから。


「いやー、久しぶりに見るよなー」
「そうだな……」


律が笑い掛けてきて、私は笑い返した。
だけど、ただ雪が降ったことへの高揚だけが心に湧いたわけでもなくて。
幻想的で、静かで。それでも圧倒的な綺麗さなんてものがあることを。
無邪気に雪に喜んでいた、子どもの頃の私と律ではないんだということも。


「澪、そろそろケーキ食べるか」
「ああ。ホワイトクリスマスなんて、初めてだな」


私と律は同時に、部屋の中央のテーブルに振り返った。
テーブルの上には、二人で食べるしては少し大きな円形のケーキ。
クラッカーも、サンタを模した人形も飾ってある。


今日はクリスマスだった。






私は大人になりすぎた。
雪を見るだけで、家を飛び出したくなるほど興奮することもなくなった。
今でも雪を見ると関心はするけれど、心躍るほどでもないんだ。
別の事に、心が躍ってばかりだから。

クリスマスになるだけで、サンタを待ちきれなくなることもなくなった。
今でもプレゼントはもらえるけれど、思わず笑顔が零れるほどでもないんだ。
物じゃなくて、こいつが欲しいから。

大晦日の夜も、夜中の零時まで起きているのが簡単になった。
子どもの頃はいつも九時には寝ていて、いつもより遅く起きていられるのが楽しみで。
今でもカウントダウンはしみじみするけど、昔ほどドキドキしないんだ。
だって隣にいるこいつのことでドキドキしてばかりだから。


私は大人になりすぎた。
律と一緒にいられるだけで、それだけで嬉しいと。ずっと思っていたのに。
子どもの頃は、ただ傍にいるだけで幸せだとずっと―ー……。

だけど私は、頭がよくなりすぎたんだ。
学力じゃない。偏差値でもテストの点数が良くなった事をいってるんじゃない。

怖い。怖いよ。
律といるのが、怖いよ。
幸せすぎて怖いよ。


ケーキをむしゃむしゃと食べる律。嬉しそうに、美味しそうに笑顔を見せる。
私は向かいに座って、その様子をじっと見ていた。


「なに? 澪」
「……なんでもない」


不安そうな表情、見せちゃったかな。
私はフォークを片手に持ったまま、目を逸らしてテーブルの隅を見た。
だけど容赦ないほどに、律の優しい声は降りかかってくる。


「うーそだ。なんか考えてるだろ」
「嘘じゃな――」
「嘘だろ」


言葉を遮られて、私は目線を戻した。
律の瞳は、凛とした強さを含んで私を射抜いていたのだ。

いい加減にしろ。

でも、いい加減になんかしないで。


「言えよ」


律は怒っているわけでもなく、諭すように言い放った。
吐き出せば楽になる? でも律がなんと返してくれるのか怖い。


「……律は」
「うん」
「律は、怖くないのかよ!」


私は声を荒げた。言ってからしまったとも思った。律は驚いたように目を見張る。
その驚嘆の眼差しが、私の怒鳴り声に対してなのかどうかもわからなかった。
それとも、私の言った言葉の意味が通じたのだろうか。
通じてるわけがない。

私は、俯いた。


「もう一年が……終わるんだぞ。終わっちゃうんだよ!
 律はそれをなんとも思わないのか?
 私は……嫌なんだ。楽しかった一年が、終わっちゃうのが」


終わりは、悲しいよ。

だから私は大人になりすぎたんだよ。
子どもの頃は、いつまでもいつまでも律と一緒にいれるって信じてた。
でも、ちょっとずつ大人になって。いろんな事を知って。

いつか、終わりが来ることを知ってしまった。
一年一年が積み重なって、ずっとずっと未来に、『終わる』んだ。
私と律の人生の内の、大切な大切な一年が、もう終わるんだ。

それが悲しい。
そんなの考えたくないよ。
でも、一年は終わっちゃうんだ。
律と一緒の時間が、どんどん流れて行ってるんだ。


「楽しい時間は、すぐに過ぎちゃうんだ……。
 律ともっと一緒にいたいのに。一年がもっと長ければいいのに。
 だけど、時間は止まらないんだ。

 それが、苦しくて」


時間なんて止まっちゃえばいいのに。
そうすれば、怖い思いはしなくて済むんだ。
『もしかしたら』の可能性も存在しなくなって。
律がいなくなるかもって不安も、私がいなくなるかもって不安もなくなるんだ。
楽しい時間が永遠であることを約束されるのを、ずっと切望してるのに。
神様は叶えてくれないよ。ああ、神様って歌ったって。

カーペットを見つめる私。
律はどんな顔をしてるんだろう。



「澪」



名前を呼ばれて、私は顔を上げた。


キスをされた。


「……っ」



されるがままに。だけど静かに受け入れた。
しばらくそうやってから、律は唇を離す。
そして、ニッコリ笑った。









「時間が止まったら、もうキスなんてできないんだぜ」




律は、右手でそっと私の左頬に触れた。




「こうやって澪に触れられるのもさ」




「律……」
「澪の気持ちは、わかるよ。楽しい時間がずっと続けばいいなって。
 それがいつ終わっちゃうかわかんないから、幸せな『今』のままでいたいのも。
 だからって、未来を諦めたくないんだ」


律は白い歯を見せた。ドキッとした。


「大学生になった澪だって見たいし、OLになった澪だって見たい。
 もしかしたら教師になる澪がいるかもしれないし、ナースもありうるじゃん」


本気で言ってるのか、ふざけていってるのかわからない。
でも律の無邪気で裏のない笑顔は、くだらない氷を溶かし始めていた。


「な、ナースになんかならないぞ!」
「じゃあ、何になるんだ澪は?」
「何って――」


私は、何になるんだろう。将来の夢なんか、ないよ。
これから受験する大学だって、高校だって、部活だって。全部全部――……。
律を基準に決めてきたんだから。
だから、なりたいものなんて……。


「ないけど、ある」
「どっちだよ!」


私は、息を吐いた。


「律といるのが、私のなりたいものだ」
「――」
「なりたいものっていうか、そういうのじゃないけど……」


ああ、でも。
純粋に、『将来』って物を考えた時さ。
律がいないなんて、考えられないんだ。


「お、お前なあ! さっきまで悩んでたやつが、こ、ここでそんなこと!
 よく恥ずかしげもなく言えるもんだな! ば、ばかやろー!」

「照れるな照れるな。でも、本当だぞ」


私って、馬鹿だなあ。
悩んでて妙に心がモヤモヤしてたくせに、単純だ。
律に声をかけてもらったら、そんなのちっぽけにしか思えないや。

何が時間なんか止まれだ。
やっぱり、私と律はいつまでも一緒にいるんだから。
時間なんてどうでもいいじゃないか。

大人になりすぎたけど。生きて行くことが昔よりも怖いけど。
でも、未来は約束されてるんだ。
約束なんていらないけど、でも、一緒にいるって決めてるから。
決めてるんなら、もう離れることなんてないよな。



「律、見ろよ。雪が本格的に降り始めたぞ」
「あ、ホントだ! 明日は積もるかな?」


私と律は立ち上がって、窓際に寄った。
さっきは、はらはらと穏やかに暗闇に降り注いでいた雪。
今は窓の向こうを、真っ白に染め上げる勢いで舞っている。



「澪、今日は……」


律がチラッと私を見た。
さっきまで私に格好良く、それでいて優しく語りかけてたくせに。
こういう甘い上目遣いだけは、本当に敵わない。



「泊まっていくよ。もちろん、最初からそのつもりだったし」
「ホントか!」
「ああ」



明日は雪が積もる。そしたら、私と律は何ができる?

昔見たいに、雪合戦もできる。
雪だるまを作れる。
かまくらをつくって、二人で中に入ったりだって出来る。


大人になりすぎたけど、私たちはいつだって子どもだ。
だから、子どもみたいに『明日』が楽しみだったりするんだ。

楽しい時間が、過ぎ去ってしまうのは怖いけど。
だけどそれを感じさせない幸せは確かにここにあるんだ。


「律、プレゼントは――」
「ああ」
「……プレゼントは、今年もベッドで、な」


律は笑った。

六年ぐらい、毎年同じプレゼントだ。



「……年中ベッドでプレゼントもらってるし」
「こ、こら! 恥ずかしいこというな!」
「お前だってさっき恥ずかしい事言ってたじゃんかよー」
「そ、それとこれとは話が……っておいこら聞いてるのか!」
「ほら澪。ケーキ、お前の残りの分食べちまうぞ」
「あーおい! 待て!」











「なあ律」
「何、澪?」


ベッドの中で、私は律を呼んだ。
同じベッドの中で隣り合っている律は、能天気に返事する。
私は、顔を隠すように布団にもぐりながら尋ねた。



「来年も……よ、よろしくな」


まだクリスマスだろって自分に言いたいけれど。
言っておきたかったんだ。



律の笑い声が聞こえた。


「何当たり前な事言ってんだよ澪。来年も、その来年も、ずっとさ。
 またこうやってケーキ食べて、一緒に寝たりするんだよ!」



約束なんていらない。
約束しなくたって、『見えない約束』が繋いでるから。







「メリークリスマス」






私と律は、抱き合った。




■終■


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