投稿日:2010/11/16(火) 19:39:49
澪は突然立ち止まった。私は勢い余って少し前のめりになる。
「なんだよ澪、急に止まるなって」
振り返って見ると、澪は射的ゲームの屋台を見つめていた。
何かをふと思い出すような――そんな表情を横顔から見せている澪。
私はその顔を覗きこみながら尋ねた。
何かをふと思い出すような――そんな表情を横顔から見せている澪。
私はその顔を覗きこみながら尋ねた。
「どうしたー澪。射的やりたいのか?」
「……」
「澪?」
「……夏休み、ムギに人形取ってやったって言ったよな」
「……」
「澪?」
「……夏休み、ムギに人形取ってやったって言ったよな」
ああ、あれね。
夏休みにムギと一緒に遊んだ時、人形を取ってあげたのを思い出した。
それを澪に話すとしばらく機嫌が悪くなったのを覚えている。
でもなんでその話題が今頃……。
夏休みにムギと一緒に遊んだ時、人形を取ってあげたのを思い出した。
それを澪に話すとしばらく機嫌が悪くなったのを覚えている。
でもなんでその話題が今頃……。
立ち止まっている私たちの横を、ざわめく人々が通り過ぎて行く。
浴衣姿の私たちは、私服の人の波に少しだけ浮いていた。
私と澪は、数秒見つめ合う。
何か言いたそうに震える澪の唇。少しだけ寄せた眉。ほんのり赤いほっぺ。
浴衣姿の私たちは、私服の人の波に少しだけ浮いていた。
私と澪は、数秒見つめ合う。
何か言いたそうに震える澪の唇。少しだけ寄せた眉。ほんのり赤いほっぺ。
……そういうことか。
「わかった、取ってやるよ」
「……べ、別にムギに嫉妬してるとか、そういうんじゃないぞ」
「へいへい。で、どれがいいんだよ」
「……べ、別にムギに嫉妬してるとか、そういうんじゃないぞ」
「へいへい。で、どれがいいんだよ」
私は言いながら財布から小銭を取り出して、おっちゃんに渡した。
銃を受け取って、銃口にコルクを詰めつつ澪の様子を窺う。
澪は少し思い詰めた顔で、棚の右隅を指をさした。
ちょっと大きめの熊のぬいぐるみだった。
銃を受け取って、銃口にコルクを詰めつつ澪の様子を窺う。
澪は少し思い詰めた顔で、棚の右隅を指をさした。
ちょっと大きめの熊のぬいぐるみだった。
(……ムギに対抗してか)
「よしわかった。りっちゃんに任せろ」
子どもの頃、いつも夏は祭りに駆けていた。当然澪に出会う前も。
射的なんか朝飯前とは言えないけど、それなりにやってきた。
小さい身長を舐めるなと言わんばかりに、射的は得意なんだ。
射的なんか朝飯前とは言えないけど、それなりにやってきた。
小さい身長を舐めるなと言わんばかりに、射的は得意なんだ。
それぐらい、澪も知ってるだろう。
私は手の平の中にあるコルクを見つめた。
玉は三発。できれば三発で終わらせたい。
ちらっと隣を見ると、澪は浮かれない顔で的を見ていた。
……こりゃ相当機嫌悪いぞ。期待に応えないとまずいかな。
ちらっと隣を見ると、澪は浮かれない顔で的を見ていた。
……こりゃ相当機嫌悪いぞ。期待に応えないとまずいかな。
私は息を吐いて集中した。
子どもの頃を思い出す。
銃口に人差し指を添えて。
片目を瞑って。
一発――
二発――
三発――――!
二発――
三発――――!
「よし!」
くまのぬいぐるみは、私の想像以上に容易く落ちた。
同時に歓声が舞い上がる。
同時に歓声が舞い上がる。
「お嬢ちゃんやるねえ!」とおっちゃん。
「すっげー!」と見ていた小学生共。
私は微妙に誇らしくなりながら景品のぬいぐるみを受け取った。
「すっげー!」と見ていた小学生共。
私は微妙に誇らしくなりながら景品のぬいぐるみを受け取った。
横で待っていた澪にぬいぐるみを渡す。
「ほーら澪」
「……」
「……」
澪はまだ怒っているような表情だった。
「……ま、まだ許さないからな」
「へ?」
「……」
「へ?」
「……」
■
こんな簡単に取るなんて。こんなに簡単に、かっこよく取っちゃうなんて。
ずるい。律はずるいよ。
ムギと遊んだ罰に、苦しめばいいのにって思ったのに。
何度やっても倒れないぬいぐるみに悪戦苦闘すればいいって思ったのに。
ムギと遊んだ罰に、苦しめばいいのにって思ったのに。
何度やっても倒れないぬいぐるみに悪戦苦闘すればいいって思ったのに。
こんなに簡単に取っちゃうなんて。
気分は晴れなかった。せっかく二人で祭りに来てるのに。
通りがかった射的の景品に、人形たちが並んでるのを見て。
ムギのことウキウキしながら話す律を思い出して。
胸が痛くて。じんわりモヤモヤしてきて。お腹もキリキリ痛くて。
通りがかった射的の景品に、人形たちが並んでるのを見て。
ムギのことウキウキしながら話す律を思い出して。
胸が痛くて。じんわりモヤモヤしてきて。お腹もキリキリ痛くて。
嫉妬してるなあって……認めたくないのに。
律が悪いんだ。全部全部律が悪いんだ。
私をこんなにした律が悪いんだ……。
私をこんなにした律が悪いんだ……。
だからあんなにかっこよくぬいぐるみを取ったって。
まだ許さない。許したくない。
まだ許さない。許したくない。
「……」
「おい澪?」
「おい澪?」
私は何も言わず律を放って歩き出した。馬鹿だ。何意地張ってんだ私。
でもでも、なんかそうしたかった。
律にもっと後悔してほしかった。私といなかったことに罪悪感を持ってほしかった。
多分、それだけで私は律を無視した。
でもでも、なんかそうしたかった。
律にもっと後悔してほしかった。私といなかったことに罪悪感を持ってほしかった。
多分、それだけで私は律を無視した。
屋台に群れる人ごみの中を、私はずんずん進んだ。
律はそれでも追いかけてきて、横に並んで「みおー」と呼んでいる。
律はそれでも追いかけてきて、横に並んで「みおー」と呼んでいる。
「機嫌直せってー……ホントにさー」
私はそれでも無視した。
もっともっと困ればいいって、思った。
おろおろすればいいんだ律なんか!
もっともっと困ればいいって、思った。
おろおろすればいいんだ律なんか!
どんどん進んだ。
人ごみと溢れる人の波は収まらない。
それでも進んだ。
でも。
私はざわめきに律の声が聞こえなくなった事に気付く。
立ち止まって、振り返った。
立ち止まって、振り返った。
「……律?」
愛くるしく私の名前を呼んで追いかけてきた律が、いなかった。
そこにいるのは、ただの人の群れ。楽しそうにはしゃぐ人々。
夏の癖に、ひやっとした冷たい空気が頬を撫でるのを感じた。
そこにいるのは、ただの人の群れ。楽しそうにはしゃぐ人々。
夏の癖に、ひやっとした冷たい空気が頬を撫でるのを感じた。
「律?」
私の呼び声に、反応する人は誰もいなかった――。