けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

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mioritsu

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投稿日:2010/06/20(日) 17:30:55

 誰もいなくなった廊下を歩く。
 三年生の教室が並ぶ廊下はひどく静かで、本当に卒業しちゃうんだなぁ、という実感が今更ながらに湧いてくる。
「……結局、律先輩と話せなかった」
 ぽつりと呟いて教室の扉を開けた。律先輩のクラス。
 確か席は……教卓の真ん前だっったっけ。
 私は先輩の席に歩み寄ると、そっと机の上に指を走らせた。
「…………」
 冷たい木の感触。律先輩の感触とは似ても似つかない。
 そんなことを思うと、自然と目頭が熱くなってくる。

 今日、この日をもって、律先輩はこの高校を去ってしまう。私を置いて。
 その事実が胸に突き刺さって、思わずしゃがみこんでしまいそうになった。
「……先輩」
「なんだよ」
「ひっ!?」
 突然背後から声がして、私は体を震わせて振り返る。
 見ると教室の入り口……そこに、その人が立っていた。

「せ、先輩、帰ったんじゃなかったんですか」
「澪と話してないのに帰れるわけないだろー。探したんだぞ、まったく」
 たたた、と距離を詰めてきた律先輩が、がしりと私の肩を抱く。
 先輩は私よりもずっと背が低くて、私の肩を抱くのに少しだけ踵を浮かせている。
 その姿がなんだか可愛らしくて、思わず笑ってしまった。
「あ、こら、なに笑ってんだよ」
「だって、律先輩小さいから」
「先輩に対してなんてこというんだ!」
 不満気な口調で言うと、律先輩は私の頬をぎゅむ、と挟み込んで笑い出す。
 卒業式だというのに湿っぽさは全くないその明るさ。やっぱり律先輩は律先輩だ。

「んで、澪はこんなところで何してたの?」
「あ、と、別に……特に意味はないんですけど」
「私の机に触って泣きべそかいてたのに?」
「み、見てたんですか」
「ばっちり」
 にっこりと笑ったかと思うと、律先輩は一度私の体を解放して、
「まったく相変わらず泣き虫だな」
 今度は正面から私の頭を抱え込んだ。先輩の薄い胸に顔を埋めて、私はこくりと頷く。
「先輩が泣かせたんです」
「何もしてないぞ」
「何もしてないから」
 式が終わったら、真っ先に会いにきて欲しかったのに。
 こうやって、すぐにでも抱きしめて欲しかったのに。
 私がそう言うと、律先輩はなんだか照れくさそうに咳払いをして、私の頭をそっと撫でてくれた。

「……先輩、本当に卒業しちゃうんですね」
「おー。あとは任せたぞ、澪」
 何をどう任せたのかよく分からないけれど、まあいいか。
 私は両腕を持ち上げると、そのまま先輩の背中に手を回す。
「なんで先に卒業しちゃうんですか」
「一緒に卒業することになった方が困るだろ」
「……確かに」
 くすりと笑って、私は顔を上げた。

*

 背筋を伸ばせば、先輩の顔は私よりも低いところにあって、これじゃどちらが先輩か分からない。
 ……先輩自身もそれをちょっとだけ気にしてるらしい。
 もっとも、私からすれば可愛い以外の何者でもないんだけど。
 私は目元に浮かんだ涙を指で拭い去って、まっすぐに先輩を見つめた。
 そうだな。泣いてる場合じゃない。私には言わなきゃいけない言葉があるんだから。
「……律先輩」
「んー?」
「卒業おめでとうございます」
「……ありがと。澪も早く卒業して来いよ」
 そう言って優しく笑いかけてくれる先輩。
 その目にもうっすらと涙が浮かんでいることに、私は気がついてしまった。
「……なに泣いてるんですか、先輩。よしよし」
 まったくもう、と今度は私が頭を撫でてあげると、先輩は「子供扱いするな」と口を尖らせた。


*


*


「おーい、みおー」
「…………」
「いつまで寝てんだよーもうお昼だぞ」
「……ん」
 ゆっさゆっさと体を揺さぶられて、私は目を開けた。
 視界に入ってきたのは静かな教室でもなんでもなくて、見慣れた私の部屋。
 ベッドに転がった私を、ひとりの影が呆れたような目で見降ろしている。
「……! 律せんぱ――」
「は?」
「……って、あれ? 卒業式……は、どうしたの?」
「……はあ?」
 その影は心底不思議そうに首をひねると、苦笑しながら口を開く。

「卒業式は来週だろ。ていうか澪も卒業するんだぞ? なに寝ぼけてんだよ」
「へ? 私も?」
「当たり前だろ。同い年なんだから」
「…………」
 律の言葉で、ようやく頭がはっきりしてくる。
 確かに卒業式は来週。私も律も、同じ日に、同じ高校を卒業する予定で……。
「……ごめん、寝ぼけてた」
「みたいだな…………って、おい、澪?」
 おかしそうに笑う律の手を引いて、私はベッドの上でその体を抱きしめる。
 細くて小さな体は、簡単に私の懐へと転がりこんできた。

「なに、どうしたんだよさっきから」
「……やっぱり一緒に卒業がいいよね」
「そりゃそうだ……留年なんて嫌だもん」
「そうじゃなくて……まあ、いいや。とにかく良かった」
 困惑する律をよそに、私は腕の力を強める。
 と、夢の中と同じで私よりも背の低い彼女は、私の胸の中で笑うと、
「ねー、澪」
「なに?」
「卒業したらさ、ふたりで卒業旅行いこうね」
「……うん」
「へへー、やった」
 律は嬉しそうに笑うと、ぐりぐりと仔犬のように頭をなすりつけてきた。



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