投稿日:2010/05/27(木) 19:07:45
「荷物、持とうか?」
「え? いいよ別に。これ結構重いし」
「……じゃあ、半分持つ」
律の手から、カバンの取っ手の片方を強引に奪い取った。
ずっしりと重たい旅行鞄。律の一ヶ月分の生活の重みがここに詰まっている。
「え? いいよ別に。これ結構重いし」
「……じゃあ、半分持つ」
律の手から、カバンの取っ手の片方を強引に奪い取った。
ずっしりと重たい旅行鞄。律の一ヶ月分の生活の重みがここに詰まっている。
「しっかし、たった一ヶ月の短期留学だってのに唯も大げさだよな」
そう言って苦笑いをすると、律はちらりと私の方を見て続ける。
「さすがに空港で会うやいなや泣き出すとは思わなかったよ」
「律がいない間、唯かなり寂しがってたからな」
「そうなの?」
「そうだよ。律を空港まで迎えに行こうって言い出したのも唯なんだぞ」
「そっかあ……今度お礼言っておかないとな」
そんなやりとりをしながら、律の家までの道を歩く。
唯は今すぐにでも「りっちゃんお帰りなさい会」を開きたかったらしいけれど、
さすがに今日は疲れているだろうから、とムギに諭されたのはついさっきのこと。
そんなわけで、こうしてまだ明るい空の下を律と一緒に歩いているというわけだ。
そう言って苦笑いをすると、律はちらりと私の方を見て続ける。
「さすがに空港で会うやいなや泣き出すとは思わなかったよ」
「律がいない間、唯かなり寂しがってたからな」
「そうなの?」
「そうだよ。律を空港まで迎えに行こうって言い出したのも唯なんだぞ」
「そっかあ……今度お礼言っておかないとな」
そんなやりとりをしながら、律の家までの道を歩く。
唯は今すぐにでも「りっちゃんお帰りなさい会」を開きたかったらしいけれど、
さすがに今日は疲れているだろうから、とムギに諭されたのはついさっきのこと。
そんなわけで、こうしてまだ明るい空の下を律と一緒に歩いているというわけだ。
「あ、そうだ、澪」
「なに?」
突然名前を呼ばれて、私は律を見た。
少しだけ日焼けした頬。
たった一ヶ月見なかっただけなのに、ずいぶんと懐かしく感じる。
といっても……それも当然か。
律と一ヶ月も顔を合わせなかったことなんて、これまで一度もなかったのだから。
「澪、今からどうする?」
「どうするって……律を家まで送ったら帰るよ」
「え、うち寄っていかないの?」
「……だって、律疲れてるでしょ」
少しだけ口ごもってからそう答える。
本当は反射的に行きたいと答えたいところだったけれど、律のことを考えてここはぐっと我慢することにした。
「なに?」
突然名前を呼ばれて、私は律を見た。
少しだけ日焼けした頬。
たった一ヶ月見なかっただけなのに、ずいぶんと懐かしく感じる。
といっても……それも当然か。
律と一ヶ月も顔を合わせなかったことなんて、これまで一度もなかったのだから。
「澪、今からどうする?」
「どうするって……律を家まで送ったら帰るよ」
「え、うち寄っていかないの?」
「……だって、律疲れてるでしょ」
少しだけ口ごもってからそう答える。
本当は反射的に行きたいと答えたいところだったけれど、律のことを考えてここはぐっと我慢することにした。
「今日はゆっくり休みなよ」
「…………」
「なに、その顔」
律は何が言いたげに私を見て、それからふう、とわざとらしいため息をつく。
「久しぶりだってのに、澪ちゃんは冷たいなー」
「な、なんでそうなるの」
冷たいって、なんだよ。こっちは律に気を使って帰るって言ってるのに。
私がどんな思いで律を待っていたか。
律は何も知らないからそんな冗談が言えるんだ。
「…………」
「なに、その顔」
律は何が言いたげに私を見て、それからふう、とわざとらしいため息をつく。
「久しぶりだってのに、澪ちゃんは冷たいなー」
「な、なんでそうなるの」
冷たいって、なんだよ。こっちは律に気を使って帰るって言ってるのに。
私がどんな思いで律を待っていたか。
律は何も知らないからそんな冗談が言えるんだ。
「ま、いいから寄っていけば? お土産も渡したいしさ」
私が少しだけ拗ねたのを察したのか、律は優しげな声でそう言うと、ちょいちょいと人差指を揺らす。
いつの間にやら目的地まであと少しとなっていたようだ。
指差す先に律の家の屋根が見えた。
「荷物の片付け手伝わせるつもりじゃないだろうな」
「……マサカ」
どうやら図星だったらしい。
私が少しだけ拗ねたのを察したのか、律は優しげな声でそう言うと、ちょいちょいと人差指を揺らす。
いつの間にやら目的地まであと少しとなっていたようだ。
指差す先に律の家の屋根が見えた。
「荷物の片付け手伝わせるつもりじゃないだろうな」
「……マサカ」
どうやら図星だったらしい。
*
律と一ヶ月会わなかったということは、つまり一ヶ月律の部屋にもやってこなかったというわけで、
「「なんか、懐かしい」」
部屋のドアを開けるやいなや、ふたりして同じ感想を漏らしてしまった。
律はカバンをベッドの上に放り投げると、そのままそこに胡坐をかいて荷物の解体作業を始める。
「こっちが唯へのお土産で、こっちがムギで、あと梓とさわちゃん……」
ぎゅうぎゅうに詰めたお土産をひとつずつ取り出していく律。
その姿をじっと眺めながら、私は胸を押さえる。
「「なんか、懐かしい」」
部屋のドアを開けるやいなや、ふたりして同じ感想を漏らしてしまった。
律はカバンをベッドの上に放り投げると、そのままそこに胡坐をかいて荷物の解体作業を始める。
「こっちが唯へのお土産で、こっちがムギで、あと梓とさわちゃん……」
ぎゅうぎゅうに詰めたお土産をひとつずつ取り出していく律。
その姿をじっと眺めながら、私は胸を押さえる。
ああ、今更だけど……本当に律が帰ってきたんだな、とそんなことを思う。
この一ヶ月、律のことを考えない日なんてなかった。
……いや、正確には二日間だけ考えなかった。
律のことを考えれば考えるほどに寂しさは募るばかりで、
もう律のことなんて考えるものかと頑張った結果がその日数だ。
残ったのは虚しさだけだったけれど。
この一ヶ月、律のことを考えない日なんてなかった。
……いや、正確には二日間だけ考えなかった。
律のことを考えれば考えるほどに寂しさは募るばかりで、
もう律のことなんて考えるものかと頑張った結果がその日数だ。
残ったのは虚しさだけだったけれど。
「澪、こっち来て」
ベッドの上。こちらに背中を向けて座ったままの律が私を呼んだ。
「うん?」
「いいものあげる」
いいもの……ああ、きっとお土産を渡してくれるのだろう。
でも私は。お土産なんかよりもずっとずっと欲しいものがある。
……もう我慢しなくても、いいんだよね?
私は足を踏み出した。
ベッドの上。こちらに背中を向けて座ったままの律が私を呼んだ。
「うん?」
「いいものあげる」
いいもの……ああ、きっとお土産を渡してくれるのだろう。
でも私は。お土産なんかよりもずっとずっと欲しいものがある。
……もう我慢しなくても、いいんだよね?
私は足を踏み出した。
「これさ、向こうで大人気のホラー映画の――」
一瞬律の手元にとんでもなく恐ろしい何かが見えた気がしたけれど、
そんなことおかまいなしに私は律に抱きついた。
「……澪?」
律はその場でくるりと体の向きを変えると、私の背中にそっと手を回してくれる。
久しく感じていなかった律の感触に、自然と涙がこぼれてしまう。
「…………おかえり、律」
寂しかった、とか。会いたかった、とか。
いろいろ言いたいことはあったけれど、結局その一言しか出てこない。
私も、唯のことを大げさなんて笑えないな……。
一瞬律の手元にとんでもなく恐ろしい何かが見えた気がしたけれど、
そんなことおかまいなしに私は律に抱きついた。
「……澪?」
律はその場でくるりと体の向きを変えると、私の背中にそっと手を回してくれる。
久しく感じていなかった律の感触に、自然と涙がこぼれてしまう。
「…………おかえり、律」
寂しかった、とか。会いたかった、とか。
いろいろ言いたいことはあったけれど、結局その一言しか出てこない。
私も、唯のことを大げさなんて笑えないな……。
「えっと……ただいま」
律は照れくさそうにそう言いながら頬を掻くと、
「あのね、澪」
「……ん」
「会いたかった」
私も、と答える代わりに律を抱く手に力をこめた。
同じように律の手にも力がこもって、体がぴたりと密着する。
「律も、寂しかった?」
「……へへ、ずっと澪のこと考えた」
「律、ほとんど電話してくれなかったくせに」
「いや、それはお金とか時差とかいろいろあって……」
困ったように言い訳する姿がおかしくて、ついつい笑い出してしまう。
ああ、良かった。律は律で、ちっとも変わっていない。
……まあ、一ヶ月で何かが変わるはずもないんだけれど。
律は照れくさそうにそう言いながら頬を掻くと、
「あのね、澪」
「……ん」
「会いたかった」
私も、と答える代わりに律を抱く手に力をこめた。
同じように律の手にも力がこもって、体がぴたりと密着する。
「律も、寂しかった?」
「……へへ、ずっと澪のこと考えた」
「律、ほとんど電話してくれなかったくせに」
「いや、それはお金とか時差とかいろいろあって……」
困ったように言い訳する姿がおかしくて、ついつい笑い出してしまう。
ああ、良かった。律は律で、ちっとも変わっていない。
……まあ、一ヶ月で何かが変わるはずもないんだけれど。
「澪」
律の手がぎゅうと私の服を握った。
「なに?」
「今日、帰っちゃヤダ」
「……珍しく甘えんぼだ」
「甘えんぼでもいいから帰っちゃやだ」
か細い声と強く握られた手。
そのアンバランスさに、どうしようもない愛しさがこみあげてくる。
言われなくたって、今日は帰れない。
だって、このまま律と離れることなんて、私に出来るはずがないんだから。
律の手がぎゅうと私の服を握った。
「なに?」
「今日、帰っちゃヤダ」
「……珍しく甘えんぼだ」
「甘えんぼでもいいから帰っちゃやだ」
か細い声と強く握られた手。
そのアンバランスさに、どうしようもない愛しさがこみあげてくる。
言われなくたって、今日は帰れない。
だって、このまま律と離れることなんて、私に出来るはずがないんだから。
今日は一ヶ月寂しい思いをさせた責任を取ってもらうことにしよう。