*

京ちゃんの背中を追って、ひたすら歩き続ける。
なんか、さっきよりも歩くスピードが速くなってる気がするよ…

「あの…京ちゃん…」
「…」
話しかけても、返事がない。あれ…聞こえなかったのかな?
「京ちゃん!」
しょうがないから、服の裾を引っ張ってもう一度話しかけてみる。すると
「…っうわ?えっ?あ、すいません…ちょっとボーッとしてました…」
そう言って私のほうを振り向いた彼の顔は、一瞬目を大きく見開いて、とてもびっくりしているようだった。
ボーッとしてたって、何か考え事でもしてたのかな。

「ちょっと、歩くの早くない…?」
「ああ…すいません。気をつけます」
眉を下げて、すごく申し訳なさそうに私に謝ってくる。
別に私、怒ってる訳じゃなかったんだけどな…。悪いことしちゃったかな。

「少し、あそこの公園で休みましょうか」

ちょうど駅の裏側を歩いていたころ。
京ちゃんが指を差した先を目で追うと、そこにはブランコやシーソーなどの遊具が一切ない、
ベンチが二つ三つ、そして脇に木がいくつか生えているだけの小さな公園があった。
飲食店や家電量販店など、たくさんのお店が密集していて人通りの多い駅前とは違い、このあたりは比較的人通りが少なく、
車の走る騒音などもあまり聞こえない。ここなら静かだし、休むにはちょうど良い。そう思った。
そうだね、と返事をして小さな公園の入り口へと向かう。
あれ…でも、京ちゃんの買い物は良いのかな…。
そんなことを考えながら、二人でベンチに座り、手にもっているバックを隅に置いて一息つく。
私が左側で、京ちゃんが右側。チラリと目を右のほうに向けると、京ちゃんは膝の上に手をついていた。
その手は、私の手と比べたらとても大きい。おまけに指が長い。
京ちゃんはその指で牌をツモって、その手で麻雀を打っているんだよね…あ、ちょっと触ってみたいかも。

「うわ…!て、照さん…?どうしたんですか、急に…」
「えっ…?」
京ちゃんの裏返ったような声が耳につき、はっと我にかえる。
気がつくと、私の手は勝手に京ちゃんの手をむにむにと触っていた。
しかも、両手で…。何やってるんだろう、私。

「ごっごめん…!無意識のうちに…」
慌ててパッと手を離す。だけど、なぜか右手を掴まれて再び膝の上へと持っていかれる。
「きょうちゃん…?」
その行為に疑問を抱き、京ちゃんの顔を見上げる。すると
「…このままで、良いです」
そう言葉を返してきた。
「う、うん…」
私は何がなんだか分からなくて気が動転しかけているのを、少しでも頭を使って落ち着かせようと
ポツポツと公園の前を通り過ぎていく人の数を数え始める。
けれど、あまりにも人通りが少なすぎて、結局二人しか数えられなかった。

京ちゃんの手の温もりが皮膚を通して、ひしひしと私の手に伝わってくる。
とてもあたたかい。

「あの…照さん」
ずっと沈黙が続いていたけれど、やっと京ちゃんが言葉を紡ぎだした。
「なに…?」
「今日、どうして俺が照さんを誘ったか、分かりますか?」
そう問いかけてきた彼の声は、少し震えているように聞こえた。
「どうしてって…買いたいものがあるからじゃなかったの?」
なんで今更こんな質問をしてくるんだろう。私の疑問はますます膨らんでいくばかりだ。
「…やっぱり、照さんは鈍いですね」
え…?ニブイってなんで?私は、今まで自分のことをニブイと思ったことは一度もないんだけど…。
「…ニブイって何が?」
「う~ん。やっぱり、鈍いです!」
さっきまですごく静かだったのに、こんどは何かが吹っ切れたかのように、口を大きく開けてハハッと笑い始めた。

「京ちゃん…なんの話?」
「あ~いやぁ。すいません。遠まわしに伝えようとしても、気づいてもらえなさそうなんんで、もうハッキリと言っちゃいますね」

笑っていたかと思えば、こんどは急に真剣な表情に変わる。私の手を握っている手に、キュッと力が込められた。


 「実は俺、照さんのことが好きなんです」


一瞬、時が止まったかのような錯覚にとらわれる。
えっ、好きって言った?今、私のことが好きだって…ええっ?

「あ~…予想通り、固まっちゃいましたね…」
彼の言うとおり、私の体はすっかり硬直してしまい、動かすことができなくなってしまった。
声を出そうと口を動かしても、あ…?えっ…などの一文字分の言葉しか出てこない。

「え~と、つまりですね…」
頭をポリポリと掻きながら、京ちゃんが話を続ける。
「今日、買いたいものがあるって言って照さんを誘ったのは、口実だったわけで…
本当は買いたいものなんて何も無かったんです。照さんは、明日東京に帰っちゃうって聞いたので、向こうに帰る前に
どうにかデートに誘って俺の気持ちを伝えようと思ってたんです。」

「うん…。ん?え…っ?じゃあ、私が好き?買い物って嘘で?あれ?ええ…っ?」
ようやく声を出せるようになったものの、日本語がまともに喋れない…。自分でも何を言ってるんだか分からない。

「あははっ。落ち着いて下さいよ~。ごめんなさい、買い物ってのは嘘です。」
「うん…」
「照さんのことが、好きです。」
「うん…」

二度目の”好き”を言われて、やっと自分が今置かれている状況が理解できるようになってきた。
ええと…
今日買い物に付き合ってほしいって言われたのは、実は嘘で、私に告白をするために京ちゃんは私をデートに誘った。
この解釈で正しいはず。
あれ…でも。

私は、デートという言葉を頭の中で繰り返し、ふと昨日の咲とした会話のことを思い出す。

 *


「咲、もしかして京ちゃんのことが好きなの…?」
「…………うん…」
「そっか…。ねえ咲」
「なに…?」
「何か勘違いしているみたいだけど、私は別に京ちゃんのことは好きとかそういう風に思ってはいないからね?」
「えっ…?そうなの?」
「うん。明日だって、買いたいものがあるから選ぶのを付き合ってほしいって言われただけだし…
だから、デートとかそうゆうのじゃないからね?」

 *

そうだ…咲は、京ちゃんのことが…。
それに私は、今日のことをデートなんかじゃないって咲に否定した。
しかも京ちゃんのことはなんとも思っていない、みたいなことも言った。
でも、あれは嘘なんかじゃない。だって、昨日までは本当にそう思っていたから…
ん?あれ、昨日までってことは、今の私の気持ちは…?

 これってどうすれば良いの?


「照さんは、俺のことどう思ってますか…?」
「あ…ええと」
言葉に詰まる。それは、まだ自分でも分かっていないことを質問されたからだ。
なんて答えれば…

「照さん…?」
黙ったままでいると再び私の手がぎゅっと握られた。
京ちゃんと目が合い、ドクンと心臓が跳ね上がる。
このままずっと何も話さないわけにはいかない。今は、正直に私が思っていることを京ちゃんに伝えよう。

「私は…」
「はい」

「今、こうして京ちゃんに好きって言ってもらえて、すごく…嬉しい。京ちゃんと話をしたり、今みたいに手を握られたりして、
すごく心臓がドキドキしてる…。」

「それじゃあ…」
「でも、咲も京ちゃんのことが好きだって言ってた…」

「えっ…」

急にその場が静かになってしまった。やっぱり、今のは言わなくても良かったかな。
でも、だからと言って咲のことを隠したまま話を続ける訳にもいかないし…
もう自分でも何をどうしたいのか分からない。

「照さん…」
「な、何?」
「咲のことは、今初めて聞きましたけど、正直言って今の俺には照さんしか見えてません。
できることなら、照さんと…その、付き合いたいなって思ってます…」
「…………」
付き合う…。付き合うっていうのは、つまり恋人同士になるって事だよね。
私と京ちゃんが恋人同士に…?考えただけで頭がパンクしそうだ。

「それに、照さんはさっき、咲”も”って言ってましたよね?その”も”っていうのは、他に誰のことを思って言ったんですか?」
「あ…」
「無意識に言ってたとしても、それはつまり…照さんも少なからずは俺に好意を寄せてくれているってことなんじゃないですか?
って…、自分でこんなこと言うのもなんですけどね…」
「うん…」

いや…でも。

「…ごめん。京ちゃん。」
「えっ?」
「たぶん、私も京ちゃんのことが好きなんだと思うけど、咲の気持ちを知ってる以上、私だけ勝手にこんなことはできない…」

その言葉を口にするのは、本当に辛かった。胸がチクチクと痛みだす。

「そんな…」
「本当に、ごめんなさい…」
こうゆう時って何て言えばよかったのかな。
私は良い言葉を見つけることが出来ず、ただひたすら謝るしかなかった。

「……………」
沈黙が生まれ、だんだん京ちゃんの顔を真っすぐ見ることができなくなり、自然と俯き気味になってしまう。

「…分かりました。でも、俺の気持ちは変わりませんからね!照さんの気持ちが固まったら、もう一度返事を聞かせてもらえますか?」

私は下を向いたまま、重たい口を開いて返事をする

「うん…分かった。咲とちゃんと話し合ったら…そしたら、また連絡するね」
「はい。待ってますから」
「うん…」
「それじゃあ、そろそろ帰りますか。」
「うん。」

京ちゃんに言われて、ベンチから立ち上がる。
駅まで戻る間に、せめて手だけでも…と言われて、私達は手を繋ぎながら一緒に電車に乗った。
行きとは違い、こんどは向かい合わせではなく、二人並んでシートに座る。肩が触れ合う。

繋いだその手は、柔らかくて、とても暖かかった。
でも、別れる時は離なさないといけない。そのことを考えると、またギュッと胸が締め付けられる。

キィーーーッ。
電車が動き始め、車輪とレールの擦れ合う音が聞こえてきた。

 *
最終更新:2009年11月28日 19:13