同時刻、隣町の喫茶店にて。
昼食をとり終えた京太郎と照は、二人で紅茶をすすっていた。

 *

「さっきのパスタ、すごく美味しかったね。」
「気に入ってもらえて良かったです」

京ちゃんが案内してくれたお店は、味も良く値段もそれほど高くなくて、高校生の私達にとってはとても良心的なところだった。
でも、京ちゃんがあんなに良いお店を知っていたなんてちょっと意外。なんてこと言ったら怒るかな…。
「………………」
チラッと彼のほうに視線を向けると、目を閉じて静かに紅茶を飲んでいる姿が見えた。
その表情はどこか少し大人びていて一瞬ドキッとしてしまう。
「どうかしたんですか?」
「えっ?あ、いや…なんでもない…っ!」
「…そうですか」
突然京ちゃんと目が合い、私はびっくりして慌てて顔を背けてしまった。
なんで私、こんなに動揺してるんだろう。
自分でも分からない…。
だけど、胸に手をあてなくても私の心臓が今、ものすごい勢いで鼓動を刻みこんでいるのは分かる。
ドドッドドッと、音が聞こえてきそうなくらい激しく脈打っている。胸が苦しい…。
「照さん、顔が赤いですけど…大丈夫ですか?」
「えっ…私、顔赤くなってる…?」
「なってます」
そう京ちゃんにそう言われたので手を頬にあててみると、そこは自分でもびっくりするくらい熱を帯びていた。
なんだろう、これ…
「もしかして、俺と喋っててそうなってるんですか…?」
「……………」
どうしよう。京ちゃんの問いに答えられない。
確かに私が今こんな状態になっている原因は京ちゃんだ。
でも、それがどうしてなのかが分からない。
だから答えられない。

私が黙ったままでいると、もう一度京ちゃんが口を開いた。
「照さん…俺、期待しちゃっていいんすかね?」
期待?期待って、どうゆう意味だろう。
今京ちゃんが何を言っているのかがさっぱり分からない。
さっきから、分からないことが多すぎて、だんだん自分に対してもどかしい気持ちでいっぱいになってきた。

「…すいません、急に変なこと言っちゃって。とりあえず外に出ましょうか」
「あ、うん…」

会計を終えてお店の外に出ると、秋の冷たい風が頬をかすめた。
けれど、顔が火照って熱くなっている私にとってはその風はひんやりとしていてとても気持がいい。

「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
こんどこそ、買い物に行くのかな?
そう思いながら京ちゃんの背中の後を追って歩く。
「…………」
京ちゃん、やっぱり足長いな。
それと、さっきと比べて歩くのが少し早い。
私がいつも通りの速度で歩いていたら、あっという間に距離があいちゃいそうだ…。

お店を出て十分くらい歩いたころ。

何故か急に、ピタッと京ちゃんの足が止まってしまった。
「どうし…」
どうしたの?と、私が聞こうとした瞬間、彼ではない別の誰かの声が聞こえてきた。


「あら、須賀君じゃない。奇遇ね、こんなところで会うなんて」


あれ…この人って、確か…

「部長。二日ぶりですね」

京ちゃんの言葉を聞いて、ふと思い出す。
ああ、そっか。この人は咲達の学校の…麻雀部の部長さんだ。全国大会で何度か顔を会せたっけ。
名前は竹井さんだったかな。

「お久しぶりです。咲のお姉さん。」
「あ…はい。こんにちは、竹井さん」
大会の時も思ったけど、やっぱりこの人は美人だな…。
「全国大会以来ですね。いつからこっちに帰ってきてたんですか?」
「金曜の夜からです。」
「そうですか。ところで…」

挨拶を済ませると、竹井さんが私の顔を二秒ほど見つめ、それから京ちゃんの方をチラッと見た。
そしてまた私の顔に目線が戻り、彼女の口が開く。

「もしかして、デートの途中だったかしら…?邪魔しちゃった?」
少し眉を下げ、申し訳なさそうに彼女が私達に尋ねてくる。いや、でもこれは…

「デートだなんてそんな…。京ちゃんが買いたいものがあるって言うので私は選ぶのを手伝いに来ただけです。」

うん…そうだ。これはデートとか、そうゆうのじゃない。京ちゃんの買い物に付き合ってるだけ。
今、私が言った言葉にウソはない…はず。
なのに、なんでだろう。また胸が苦しくなってきた。
しかも、さっきのとは違ってこんどはチクチクと針が突き刺さっているように痛い…。
一体なんなの…?

私が言葉を発してから、何故かその場がしんと静まり返ってしまった。
気のせいか京ちゃんの目が寂しそうに見える。そして、竹井さんの目はどこか驚いているように見える。
あれ…。二人とも、どうしちゃったんだろう?

「あ、そう…。そうよね。変なこと聞いてごめんなさい。」
ようやく竹井さんが喋ってくれた。私は
「いえ…」
と、返事を返す。
「それじゃ、私はここで失礼するわ。またね、須賀君。」
「ああ、はいっ。また部活で会いましょう」

「宮永さんも、またいつか会いましょうね」
「あ…はい。さようなら」
そう言った彼女の顔は先ほどとは打って変わって、ニコッと笑い、とても可愛らしいものだった。

「んじゃ、行きますか。」
「うん…」

竹井さんと別れ、私と京ちゃんは再び歩き始める。


 *

「ごめん、まこ。お待たせーっ」
「部長…トイレにしては、ずいぶん遅かったのう?」
ギクッ。
「そ、そうかしら?あはは…」
「どこに行っとってんじゃ?」
まこのメガネがキラリと光る。ああ。やっぱり、バレてたか…。

「ごめんごめん…。実は、トイレに行く途中で須賀君が歩いてくるのが見えてね…」
「ほほぅ…。一人で居たんか?」
「いや…二人よ。咲のお姉さんと一緒だったわ。」
「なにぃ!宮永照とかぁ…?」
「ええ…金曜日からこっちに帰省してたみたい」
「ほぇ~…。京太郎と宮永照がねぇ~…。こりゃまた珍しい組み合わせじゃのう…」
「…そうよね。正直私も驚いたわ。」
うん。本当に…。咲や和ではなくて、咲のお姉さんと一緒だったんだもの。意外な組み合わせよね。

「つまり、二人はデートをしていたってことか?」
「いや…違うって否定してたわ。」

ふと、先ほどの出来事を思い出す。
否定…してたわよね?咲のお姉さんは、デートじゃないって確かにそう言ってたけど…。
けれど、彼女がそう言ったあとの須賀君の顔は、どこか悲しくて辛そうな表情をしていたわ。
それを見て、私はかなり驚いた。
だってあれは、どう見ても恋をしている目だったから…。
最近、須賀君が和にデレデレしなくなったと思ったら、まさか私の知らない所でこんなことになっていたなんて。
もう和のことは諦めたのかと思って、すっかり安心していたのに…。

はぁ…それにしても…。
私、須賀君達と別れるとき、ちゃんと笑えてたかしら…。
顔、引きつってなかったかな。
って、なんで私ったらこんなに彼のことで頭がいっぱいになるのよ…っ。
まあそりゃあ、好き…なんだから仕方がないけどさ…。
そう。私は須賀君のことが…

「そうなんか。じゃあ二人でどこに行くんじゃ?」
まこに言われて、ハッと我にかえる。
「ああ…ええとね、なんか須賀君が買いたいものがあるから、それに付き合ってるって言ってたわ」
「買いたいもの、ねぇ…」
「でも、買いたいものがあるから付き合ってくれ。なんて、デートに誘う口実の定番みたいなものよねぇ。」
「確かになぁ…。あいつならそうやって誘ってもおかしくないわぁ。」
「そうよね…」

須賀君なら、そうやって誘うかもしれない。だって彼、恋愛に関してはすごく不器用そうだもの。
まあ、あくまでもそれは私の主観に過ぎないのだけれど。

「で、あんたはそれで良いんか?」
「…っ!」
まこに、言われたくない何かを言われそうで、私は焦り始める。
「い、良いって…何がよ…?」

「京太郎が、誰かにとられても良いんかってことじゃ。好きなんじゃろ?あいつのことが」

「ばっ…何言ってるのよ!!」
うそ…そんなっ…。
は、恥ずかしい…。バレてる?もしかしてこれもバレてるのっ?

「だってあんたぁ、京太郎の話を始めた時からずっと、悲しそうな目をしとる。バレバレじゃよ」
「何かの間違いじゃ…っ」
まこの目にしっかりと私の目が捉えられる。まるで、全てを見透かされているようだ。

「ああ、バレバレじゃ。わしの目はごまかせんぞぉ」
「うう…」
あちゃー…。やっぱり、バレてたのか…。
「本当に分かりやすいのぅ。」
はぁ。もう駄目だ。こうなったまこには敵わないわ。
しょうがない。変な意地張らないで、素直になろう…

「そうよ…好き…なのよ」
あーあ、言っちゃった。自分で言うとますます恥ずかしくなってくるなぁ。

「顔、真っ赤じゃよ」
「うっ、うるさいわね…っ」
「まあ、頑張りんさい。わしはあんたの見方じゃけぇ」
「うん…ありがとう、まこ。」
「押し倒したりでもしたら、案外ころっと変わるかもしれんよ?」
まこが、ニヤニヤしながら私を見る。
「もう…何言ってんのよ!」
「はははっ冗談じゃ」
「もう…」

でも、確かにまこの言うとおりだわ。
須賀君くらいの年の男の子なら、不意打ちにキスとかしてアピールすれば、割とすぐに…
って、私ってば何考えてるんだか…。

「けど、このままじゃあ早めに動かんと先に誰かにとられてしまうかもしれんのぅ…」
「そう…よね…。」

さて、困ったわね…。
さすがに今回ばかりは悪待ちする訳にもいかなさそうだわ。
咲のお姉さんと須賀君の関係は恐らくはまだ、須賀君の片思い状態のはず。
今のうちに何か行動を起こせば、まだ間に合うかしら…。

まあでも…
私の気持ちをこんなにも振り回してくれた罰として、ちょっとくらいは悪戯しても良いわよね?

ふふふっ。待ってなさい、須賀君。
最終更新:2009年11月27日 19:45