プルルルルッ
 プルルルルッ

「もしもし…」
「あ、もしもしっ。照さん、お久しぶりです」
「久しぶり、京ちゃん。」
「今、時間大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だよ。どうかしたの?」
「良かった~。あっ今、照さんがこっちに帰ってきてるって咲に聞いたんで、電話してみました」
「そっか。ありがとう」
「いつ東京に帰るんですか?」
「来週の月曜だよ」
「明後日ですか…。」
「うん…それがどうかしたの?」
「あのっ、照さん!実は………………」

 *

 外の冷たい空気がつんと肌を刺激し、野山の木々はだんだんと赤色や黄色に染まってゆき、やがてそれは落ち葉となる。
その光景は、季節が秋から冬へと変わろうとしていることを数多くの人々に認識させていく。

そんな季節の、ある日

「ねえ、お姉ちゃん…」
 宮永咲が、姉である宮永照に、少し不安を含んだような声色で話し掛ける。
「ん…なに?」
 咲に声をかけられ、ソファに座りながら読書をしていた照は目を通していたページに栞を挟み、パタリと本を閉じた。
それを見た咲が一歩一歩ゆっくりと照の元へ近付き、隣に腰をおろす。
そして照の顔を見つめ、少しだけ険しい表情になりながら、話を始める。

「あのさ…さっき電話してたのって、京ちゃん…?」
「えっ…」
 それを聞いた照は、わずかに眉をぴくりと動かす。
「…聞いてたの?」
「うん…ご、ごめんなさい…。おトイレに行こうとしたら、偶然聞いちゃったんだ…っ」
 ほんの少し俯き気味になり、更に咲は、本当は聞くつもりじゃなかったんだけど…。と、言葉を続けた。
「そっか…」
 ふぅっと軽くため息を吐き、天井をぼんやりと眺めながら、照は咲の問いにきちんと答えようと覚悟を決める。

「そうだよ…さっき電話してたのは京ちゃん」
「や、やっぱりそうだったんだっ…」
 下を向いたまま、服の裾をギュッと握り締める咲。その手は、プルプルと小刻みに震えている。
その様子を横目で見つめながら、照は話を続けた。
「うん…黙っててごめんね。実は、明日二人で隣町まで行くことになったんだ」
「ええっ…!?」
 部屋の中に、ひときわ大きな声が反響する。
思いもしなかったことを突然告げられ、驚きのあまり咲は目をまるくしながら、ぽかんと口を開いたまま体が硬直してしまった。
「ふっ、二人きりで会うの…っ?」
「う、うん…っ」
 急に出された大きな声に圧倒され、照も驚きの表情を隠せなかった。
目をぱっちりと開けて咲の顔をまじまじと見つめる。
「もっもしかしてお姉ちゃんって京ちゃんと付き合ってたの…っ?」
 やや声が裏返り気味になりながらも、照を問い詰める咲。
「えっ…?い、いや…別にそんなんじゃないよ?」

ここで、照はふと考えこむ。
(何で、彼のことでこんなに必死になっているんだろう?咲にとって京ちゃんは、ただのクラスメイトってだけじゃなかったの…?)

 咲はいつも、お姉ちゃん、お姉ちゃん!と言ってはにこにこしながら照にべったりくっついて離れなかった。
それほど、姉のことが大好きな妹だ。
小学生の頃なんかは、照が近所の男の子と喋っているのを見ただけで、頬っぺたをぷっくり膨らませて
「お姉ちゃんは咲のだよっ」
と焼きもちを妬いたりもしていた。
 そんなことがあったので、今回の京太郎とのことも、その焼きもちの一種なのだろうと照は思い込んでいた。
そのため、咲にそのことを説明するのは少しだけ勇気が必要だったのだ。
しかし今の咲の態度は、小学生の時のもとは明らかになにかが違う。

「ふっ、二人で会う約束は、どっちからしたのっ?」
「……京ちゃんから誘われたんだよ」
「そ、そうなんだ…」

消え入るような小さな声で、しゅんと肩を落としてしまう咲。目の端にはうっすらと涙を浮かべている。

(あ…もしかして…)
その姿を見て、照はようやく咲の気持ちに気付き始めた。

「咲、もしかして京ちゃんのことが好きなの…?」

「…………うん…」
 一瞬、肩をぴくっと動かしたあとに咲が返事をする。頬をうっすらと赤色に染めながら。

「そっか…」
(やっぱり、そうだったんだ。もう子供じゃないんだね・・・。)

「咲…」
「なに…?」
「何か勘違いしているみたいだけど、私は別に京ちゃんのことは好きとかそういう風に思ってはいないからね?」
「えっ…?そうなの?」
「うん。明日だって、買いたいものがあるから選ぶのを付き合ってほしいって言われただけだし…
だから、デートとかそうゆうのじゃないからね?」
「あ…なんだ、そうなんだっ…私、てっきりお姉ちゃんも京ちゃんのことが好きなんだと思ってた…」
 そういって咲は、あははっと安心したように笑う。
だんだんと笑顔を取り戻していく咲の姿を見つめ、照もまた安心して頬を緩める。
「ううん。全然違うよ。だから、元気出して?」
 頭を撫でながら、照が優しく微笑みかける。
それを、咲がくすぐったそうに、でも気持ちよさそうに目を瞑って受けとめる。
「あ、なんなら明日はやっぱり会うの止めようって京ちゃんに断ろうか?
それとも咲が代わりに行く?」
「えっ?あ、いや…っそれは京ちゃんに悪いから良いよっ…」
 胸の前で両手を小さく振り、いやいやと咲が困ったように笑う。
「そう?」
「うんっ。明日はお姉ちゃんも、お買い物楽しんできてっ!」
「ん、分かったよ…」
誤解を解いて一安心した照は、咲に聞こえないように小さく、ふぅと安堵の溜め息を吐く。

「ところで、お姉ちゃんっていつ京ちゃんと連絡先交換したの?」
「ん?ああ…ええとね、全国大会の時かな。先鋒戦が終わって会場の中をぶらぶら歩いてたら偶然会ったんだ」
「あ、そっか。そういえば京ちゃんもお姉ちゃんに会ったよって言ってた気がする」
「うん。そうそう」
「お姉ちゃん、携帯持ってて良いなぁ…。」
「咲もそのうち買ってもらえるよ。」
「う~ん…そうかなぁ」
「それに携帯が無くてもほぼ毎日、部活で京ちゃんと顔合わせてるんでしょ?」
「うんっ」
「だったら、頑張って…。ね?」
 照は、咲の肩に手を置き応援の声をかける。それを聞いた咲は、ぱぁーっと顔を明るくして、ニコッと笑った。
「うんっ!私、頑張るよっ…お姉ちゃん!ありがとうっ」
そのまま照の胸へと飛び込み、顔を埋める。

「こらこらっ…くすぐったいよっ」
「えへへっ…」

 居間に、あはははっと二人の笑い声が響き渡った。

 *

 翌日

「じゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい!お姉ちゃんっ」
「うん…」
咲に見送られ、照は京太郎と会うために家を出かけた。

「うう…寒い…」
 ひゅ~っと冷たい風が肌をかすめ、ぶるぶるっと体が震える。
「早く行こ…」
 肩をさすりながら、待ち合わせ場所の駅まで早歩きで向かう。
家を出発してから20分くらいが経過した頃。ようやく駅が見えてきた。

「あっ照さ~ん!」
 そこには既に京太郎の姿が見える。
「お待たせ、京ちゃん」
「寒くないですかっ?」
「うん…ちょっとね」
「よし、じゃあ早く入りましょう。」
「うん、そうだね。」

 駅の中に入り、二人でホームに立つ。しかし、電車が到着するまでの間は、やはりこの寒さに耐えなければならない。
手をすりすりとこすり合わせ、はぁ~っと白い吐息を吐く照。
そんな様子を見兼ねた京太郎が、何か思いついたかのように口を開いた。

「あっ照さん、良かったらこれ…」
「えっ…?」
 自分が首に巻いているマフラーを指差しながら、京太郎が照に笑いかける。
そして、しゅるしゅるとそれを外し照の手に握らせた

「あのっ…良いの?京ちゃんは寒くない?」
「俺は全然平気ですよっ!電車の中も、まだ完全に暖房が回っていないと思うんで…」
「あっありがとう…」
「いえいえっ」
 頭をぽりぽりとかきながら恥ずかしそうに、はにかむ京太郎。
「優しいんだね、京ちゃんは」
 借りたマフラーを首に巻きながら、照が呟く。

「そ、それは照さんだからですよっ…」
「えっ…?」

思いがけないことを言われて驚き、京太郎のほうを振り向く。
しかし、すぐに視線を逸らされてしまった。

(聞き間違えかな?今のは…)

 ガタンゴトン...ガタンゴトン...
不思議そうに京太郎の顔を見つめていると、ちょうど電車がホームへと侵入してきた。

「お、きたきたっ。じゃあ乗りましょう!」
「うん…」

 二人で電車のシートに腰を下ろし、向かい合わせに座る。
照は、借りたマフラーの生地を撫でながら窓から外をぼんやりと眺めた。

(京ちゃんのマフラー…暖かいな)

そんなことを考えていると、何故だか急に心臓がトクトクと高鳴り始めてしまった。

(あ、あれ…なんだろう?この気持ちは…)

ふいに、京太郎と目が合い再びニコッと笑顔を見せられ、次第にドドッドドッと鼓動が早くなっていく

(う…胸が苦しいよ。なんなの、これ…?)

ギィーーーッ。
車輪とレールが擦れ合う音が響き、ゆっくりと電車が動き始めた。

照は、その気持ちが一体何なのか分からないまま、ただひたすら、窓から流れる景色を眺め続ける…

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最終更新:2009年11月29日 02:24