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とある一位の三分料理(クッキング)

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匿名ユーザー

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「とある一位の三分料理(クッキング)~とあるいちいのくっきんぐ~」


 クゥ~というやや間の抜けた、それでいてやたらと自己主張の強い音が部屋に響き渡った。
「…………」
 静寂。というよりも次に発すべき言葉に困っているというのが正解か。
 部屋といってもここはトレーラーの荷台にマットレスと布団を運び込んだだけの簡易の休憩所とでも言うべき場所だ。いや、より正確には簡易の病棟か。
 とうとう沈黙に耐え切れず看病される側の少女が喋りだした。
「看病してる張本人がそれはどうなのってミサカはミサカは素朴な疑問をぶつけてみる。
 っていうかあなたでもそんな風なリアクションをすることがあるんだねって」
「黙れ」
 そう、それは仕方の無いことだったのだ。
 ロシアへと入ってから移動詰めで、途中数度の戦闘もこなし、更には一人の少年に八つ当たりした結果それはもう見事な返り討ちに遭い、気がついたらエリザリーナ独立国同盟へと向かう車列の中に紛れていた。
 その後、とりあえずの集結地点に着いたということで車列は現在簡単なキャンプへと変化していた。ところが、その即席のキャンプで一息つけている人間はまだ居ない。ロシア側からの襲撃があったとかで通信・連絡のための設備に損害が出ているらしく、その復旧と方々への伝達で軽く混乱状態に陥っているためだ。これが収束するにはもうしばらくの時間が必要だろう。
 そう、まともに食事するタイミングなど無かったのである。超能力者(レベル5)だって腹は減る。
「でもそんな凄い恥ずかしそうなあなたの顔はなんだかとってもレアな気がするので、
 これはこれでいい思い出になりそうってミサカはミサカは評価してみたり」
 そして相手が打ち止め一人ならばまだ気も楽だっただろう。病人とは構って貰いたくなるものだし、いつものやり取りと言えばいつものやり取りであるわけだし。
「仮にも学園都市の第一位がそんなコントなリアクションでいいわけ?
 っていうかミサカはこんな腑抜けにボコボコにされたのかと己の不甲斐なさを反省しつつ、
 早速このレア画像をミサカネットワーク上に拡散するという嫌がらせを実行することで
 憂さ晴らしをするよと宣言することで更に精神的な追いつめを狙ってみる」
 そう、今一方通行達が居る病棟にはもう一人収容されていたのである。
 番外個体(ミサカワースト)。
 学園都市が送り込んできた一方通行への刺客。 それなりに重症だったはずなのだが、何時の間に治療を受けたのか気がついた時には傷は全て処置されていて、それどころかセレクターが起爆した時の細かい破片すら綺麗に取り除かれていた。とてもそれだけの医療設備が整っている環境ではない今の状況でこれだけの治療が行なえる、いや既に行なわれたという事実は大いに見過ごせないことなのであるが……。
「そもそも化物(だいいちい)が何そんな普通の人間じみたやり取りしちゃってるわけ?」
 意識が戻ってからずっとこの調子。チクチクと一方通行の心を悪意――と呼ぶにはいささかチープではあるが――の針で突き続けているのである。真綿で首を絞めるかのような、本当に地味で、そして効果的な嫌がらせだった。
「黙ってろっつってんだろうがァ!」
 前方の病人(ラストオーダー)に後方の病人(ミサカワースト)。
 あまりの居た堪れなさに食料の調達という名目でそそくさと車両を後にした一方通行に『学園都第一位(最強の超能力者)』の威厳は全く無かったのは言うまでも無い。



 (食料調達っつってもなァ……)
 はっきり言って自分にはまともな対人コミュニケーション力は無いという自覚くらいは一方通行にもある。
 しかも今居る場所は半ば難民キャンプの様相を呈している仮宿で、その上自分は気がついたらそこに居たという完全な部外者だ。
 知り合いはゼロ。車列が到着した時に簡単に案内をしてくれた金髪の男も今は自分の仕事に戻ったのか見当たらない。
 (仕方ねェ、少し周りを見てくるか……)
 とりあえずはキャンプの様子を把握するところから始めることにした。

 目に付いたのはいかにも『難民』ですという人間達だ。
 自分が乗ってきた車列がそもそも何の車列だったのかさえ知らなかったのだから当然と言えば当然なのだが、
 着の身着のまま逃げてきましたという風情で焚き火で暖を取っていた集団を見てようやく、そうした人間達を受け入れるためのとりあえずのキャンプであるらしいと分かったほどだ。
 幸いだったのはキャンプの中をうろつく間に件の金髪の男も見つかったことだ。
「おや、君か。どうかしたかい? まさか連れの女の子達の容態が悪化したとか?」
 まあ、普通はそう思う。まさか小腹が空いてなどという理由をこの状況で真っ先には浮かべまい。
「……あァー、病人用の食事ってのは用意ができンのかと思ってよ」
 さすがの一方通行も自分の腹が減ったからとは言い出せなかった。
「食事? ああそうか、そこまで気が回っていなかったよ。
 確かに君のお連れさん達の様子じゃオートミールとか何か消化の良いものを用意しないと……」
 と、そこまで喋って不意に男の声が途切れた。
「何か問題でもあンのか?」
「ああ、いや問題というほど問題ではないんだが……
 今運び込んである食料は全部調理前というか、ジャガイモだとかベーコンだとか
 そういう『食材』の状態なんだ。というか、炊き出しの準備もこれからという有様でね。
 難民の中にも小さい子や老人が居るからどの道食べやすい食事は用意するんだが、少し時間がかかりそうだ」
 男の視線の先に眼をやれば、今まさに大量のダンボール――側面にロシア語でポテトと書かれたものや、
 何か缶詰のメーカーのロゴが入ったものなど――が荷降ろしされているところだった。
 要するに『オアズケ』ということだ。

 ぐぅ、と今度はそれなりの音量でその主張はされた。
「ははっ、君も空腹な人間の一人というわけか。小型のコンロとかもあるはずだから、待てないようなら必要な分を持ち出してしまって構わないよ」
「はァ?」
 そう、男はこう言いたいわけである。炊き出しが待てないなら自分で作ってもいいぞと。
 普段の一方通行ならそのまま大人しく支度がされるのを待っただろう。何より面倒くさいという理由で。
 しかしこの時だけは違った。何せ車内に居る間延々とチクチク嫌味に晒されてきたのだ。いい加減ストレスも溜まっていた。更にそこに、男のふとした一言がダメ押しになった。
「最も、君が料理ができるのならだけども」
 男の方からすれば本当に何のことはない一言だったのだろう。だが、当の一方通行にはそうは聞こえなかった。
(ったくどいつもこいつも、俺が戦うしか能が無いみてェに言いやがってよォォ……!)
 彼は元々短気な方なのだ。
 そして……結構負けず嫌いである。



 料理は学問と芸術を合わせたよりも難しい。
 そう言ったのは果たして誰だったか。
 もしその人物がこの光景を見れば自らの発言を取り消すか、あるいは、料理している人間を絶賛し、喝采し、そして恐怖しなければならないだろう。
 一方通行の『ベクトル操作』は確かに強力で、戦闘に使えば絶大な威力を発揮する。しかしそれ以外の使い道が無いわけではない。
 事実、彼は芳川や番外個体といった人間の命を繋ぎとめることに力を使ったことがある。
 何もしていなければ確実に死んでいたであろう状態の者達だ。
 他にも打ち止めの脳内のウイルスコードを生体電流を操作することで消去したり、妊婦の状態を診察したりと応用の幅は広い。
 いや、広いなどという表現では恐らく生温い。彼の能力はそれこそありとあらゆるベクトルに干渉し、それを操ってみせるのだから。
 この世界において、何かしらの法則を持って成り立つ現象であればどんなことにだって干渉し得る力、それが、それこそが第一位だ。
 そしてその絶大にして万能なる力が――
 何故か、炊き出しの準備にと発揮された。

 突然漂ってきた食欲をそそる香りにキャンプに居た人間達は首を傾げる。
 もう炊き出しの用意が出来たのかと驚きながらも香りの出所へと移動して来た者達はそこで不可思議な光景を目撃する。
 大鍋の周囲に人だかりが出来ていて、けれども誰も手をつけようとしない。
 いや、何かに驚きすぎて次のリアクションが起せていない、といった風だ。
 それは、確かに異常な光景だった。

 表面を撫でるだけで野菜の皮剥きが完了する。皮だけを切り取る能力でも使ったかのような見事な出来栄えで。
 身の一かけらだって皮の方には残っていない。
(余計な力は要らねェ、ほんわずか表面を剥ぎ取りゃあいい)
 軽く揺らすだけで均等にかつ不自然に野菜がバラバラに崩れる。もはや包丁などという器具に存在価値は無い。
(細胞同士の繋ぎ目を切断するように力をかける。煮崩れる心配は無ェ、最初から食べ易いよう細かくだ)
 作っているのはスープ。けれど煮込む時間は必要ない。全ての材料を入れ軽くかき混ぜる間に味は均等に染み込んでいる。
(浸透圧を弄ってやりゃァいい、どうせ長時間は力を使えねェ)
 色と味の決め手はビーツという根菜。
(見慣れねェ食材だろうが知ったことか、レシピ通りにすりゃいい)
 果たしてこの作り方がレシピ通りと言えるかはさておき、調理の異様さと相まって毒々しさすら覚える真っ赤なスープ。
 200人分というスケールにも拘らず、僅か数分でそれは完成した。
「いやはや、これは驚いたな……学園都市ってのは一体何を研究しているんだい?」
 金髪の男の疑問はもっともだ。
 たったの数分で炊き出しの料理を完成させる、などというあまりにアレな力の使い方が、
 ロシアの上空を飛び回っている怪物航空機と同じ街の研究結果だなどと言われて誰が信じるというのか。

 一方通行が戻ってくるのと同時に、車内に広がった食欲をそそる香り。
 そして彼の手にあるトレイと3人分の食事を見て、打ち止めと番外個体は顔を見合わせた。
「いきなり能力を使い出すから何があったかと思えば……」
「っていうか野菜のアク抜きが一瞬で終わるなんてちょっと便利かもって
 ミサカはミサカは率直な感想を述べてみる」
 分かっていた。
 ミサカネットワークに頼って能力を使っている以上、能力を使用すればある程度は何をしているか把握されてしまうことぐらい、
 忘れていたわけがない……のだが、その後こうして弄られるネタを提供することになることまで何故気がつかなかったのか。
「妹達を1万人以上殺した第一位が手ずから料理とか、正気を疑うねとミサカはバッサリ切り捨ててあげる」
 まあ、食べてる間くらいはこの陰湿なイジメも収まるだろうと、何よりせっかく作ったのに食べられる前に冷めてしまったのではあんまりだと、
 番外個体からの嫌味を聞き流しつつ器とスプーンを2人に渡していく。
「とっとと食って寝やがれ、病人共」
 できれば本当にそうなって欲しいと、ささやかな祈りを込めつつ食事を促す。
「それじゃいっただきまーすって、ミサカはミサカは久々にあなたの前で言えて少し嬉しいなとか思いつつ、
 あなたが料理下手だったらどうしようってドキドキしながら一口目を食べてみる」
「まあ、食べてみないことにはどれだけ不味いかを言いふらせないしね」
 大小2人のミサカは食べる前に好き勝手に一言のたまってから、それを口に運ぶ。
 そして……



「嘘だ!! 料理が上手いなんて第一位のキャラじゃない!」
「メチャクチャ美味しいー! ってミサカはミサカは評価してみる!」
 一口食べただけでこのリアクションである。
 レシピ通りなんだから不味いわきゃねェだろうが、と一人黙々と食べ進める一方通行と、
 2口目からは黙々と、というよりもむしろガツガツ、という食べ方になったミサカ達が皿を空っぽにするのにさほど時間はかからなかった。


「いやぁー、あなたにこんな特技があったなんて驚きどすなぁってミサカはミサカは感心してみる」
「べ、別に美味しかったから食べたんじゃなくてお腹空いてただけなんだからね!」
「あァ? 何言ってンだテメェ?」
 どうということはないのかもしれない。
 他愛も無いやり取りに過ぎないのかもしれない。
 けれどそのどうということは無いはずの時間が一方通行にはたまらなく眩しい。
 他愛の無いやり取りの一つ一つを、忘れぬようにといつかそれが当たり前になるようにと、
 己が進むべき方向を間違わぬよう記憶に刻んでいく。
 再び眠りに付いた打ち止めと番外個体に毛布を掛けてやりながら、「ま、またそのうちにな」なんて
 柄にも無いことを呟いてみるのだった。

 もちろん、狸寝入りだった番外個体に散々からかわれた挙句、
 ミサカネットワークを通じて打ち止め他妹達全員にリークされることになるのだが……それはまた別のお話。


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