ふたば系ゆっくりいじめ 1317 ちょっときめぇ丸! 私の真くんを食べたでしょ!?

『ちょっと、きめぇ丸! 私の真くんを食べたでしょ!?』

「俺たちもう少し、離れて付き合おうよ」
 真くん――伊藤真が私の目の前でそう告げた。
「あ?」
 思わず放った声が上がり調子だったから、ケンカを売っているように聞こえただろう。
このときは、ごまかすようにただニコニコとしていたと思う。
「俺は、琴葉のことをすっげぇ大切な友達だと思ってるから。それに、琴葉は頭が良
いし、俺も羨ましいくらい可愛いから……きっと……俺よりいい男が……できるよ」
「そ、そんなの気にしないでくれたまへ……うひひひひぃ……」
 私の言葉を聞くと安心したように、真くんは私に背を向け、彼の家へと歩き出し
た。いつもは彼の背中が見えなくなるまで見つめているのだが、今日ばかりは彼の背中を
直視できず、すぐに踵を返して自分の家に向かう。
 真くんの一番は私であるから、彼が本心で私と離れたいはずがないのだ。
 転がって行く道で、少しイカれただけさ。
 深い痛みはとれないけどそんな哀しい目をしないで。
 そう自分に言い聞かせた。

 私は家に帰ってきて、お母さんにただいまとだけ言って2階の私の部屋に上がる。
パソコン用のリクライニングチェアに腰を下ろしてしばし、くるくると回った。
 真くんとは中学1年生の時に出会った。きっかけはホームルーム後の放課だった。話
し声や席を移動する音でごった返す教室の中で、当時内向的な女の子だった私は誰にも
話しかけることができずに、ぼーっと下を向いていた。
 時々顔を上げて、周りのグループからあぶれた独りぼっちの子と一緒になろうと画策し
たが、クラスの皆は仲が無駄に良く、入れそうなグループなどなかった。このまま3年間、
友達も出来ずに終わるのかと思われたその時だ。
 隣からの熱い視線に気づいて振り向いてみると、そこには真くんがいた。丸くて大き
な黒い瞳と視線がぶつかった。
「あ、あの……何か用かな?」
 落ち着いている振りをしていたが、初めて自分からアクションを起こせた喜びで上ずっ
ていた。
「いや、なんで他の子と話しかけないのかなって」
 開口一番そんなことを言ってきた。もっとも痛いところを突かれて、詰まりながらも返
事の言葉を紡いでいく。
「それは……、アレアレ。タイミングを外して話しかけ難くなったんだ」
「あぁ、分かる分かる。クラスが決まるときは、何が何でも友達作らなくちゃならない、
って雰囲気になるよな……俺もだ」
 そんな他愛のない会話が私と真くんの馴れ初めだった。初めて親友になれると思っ
たし、実際そのとおりになった。
 ――少しでも彼にふさわしい女の子になりたい。
 そう志して、お母さんを拝み倒し、眼鏡に別れを告げてコンタクトレンズを作ってもら
った。ろくに手入れもしなかった髪を美容院に通ってカットしてもらった。
 中学2年生の2学期、真くんが目指す高校には少々偏差値が足りないことに気づき、勉
強を始めた。その甲斐あってか、3年生になるころには真くんと同レベルの成績をたた
き出した。
 優等生と呼ばれるようになり、さらに見た目が少なからず改善されたことで、見てくれ
に引きつけられた男子からの告白があったが、全部断った。
 うわべの言葉では丁重にお断りしたように見せているが、内心は『君たちなんてメ
じゃないんだ。時間の無駄だからゆっくりしてないでどっか行ってね! 半径1光年の彼
方でいいよ!』と思っていた。
 そして真くんと同じ高校に合格した。受験番号が見つかって、喜んで抱きしめてくれ
た感触は今でも忘れない。
 1年半の苦しいときを越えて、ようやく真くんとスクールライフが送れると思ったの
に……

『俺たちもう少し、離れて付き合おう』
 なのになんで?
『俺よりいい男ができるよ』
 真くんの言葉を反すうする。そんなことを言ったけど、君以外の男と一緒にいるなん
て考えられない!
 ……さて冷静になって現状を整理すれば、私と真くんを物理的に分かつ最も大きい
要素は高校のクラスが別々なことだ。
 しかし、クラスが別れただけで疎遠になるというのは考えにくい。第一、隣のクラスだ
し、足を運ぶくらいは簡単だろう。
 もしかしたら高校で彼女無し連中――とは言え、私と真くんは付き合っているわけ
ではない――のクラスメートに、冷やかされたりするのだろうか。

 なら、学校では離れて過ごすけど、放課後から――と思って真くんの家に向かった。
とても会いたい気分だ。
 突然会いに行って驚くだろうか、せめてアポくらい取ったほうが良かっただろうか? 
などと考えながら真くんの家に向かって歩いていった。
 彼の家の玄関に2つの影を見つけた。一方は真くんだと分かるが、もう一方は……。
玄関の前で影が1つに重なり、数秒後に離れた。
 真くんは相手の腰に手を回して家の中に招き入れた。
「今日は泊まっていくか? 飯くらい作るよ。親はいないから……」
 お前は誰だ? どこかで見かけた気がする。
 私と同じ高校の制服を着ていた。下膨れの顔に、130センチちょっとの背丈、スリム
なボディライン――思い出した、真くんと同じクラスにいるきめぇ丸だった。
 なぜゆっくりが私と同じ高校にいるのか? それは4年前のゆ籍特別法制定にさかの
ぼらなければいけない。まあ早い話が、高知能でプラチナバッジクラス以上の教養があり、
体のあるゆっくりには住民票ならぬゆ民票を与えようという法律が制定されたのだ。それ
により、能力に応じて学習も受けられる――というわけだ。

 なんであんなゆっくりの同類が真くんとキスなんかするんだ?
 私は目の前に突きつけられた事実を拒むように、早足で帰った。ベッドに飛び込み、
布団を頭から被り、布団の中で思い切り泣いた。
「私は真くんに全てを捧げたのに……、きれいになったし、頭も良くなった……。そ
れなのにあんな下膨れゆっくりの同類が釣り合うはずがないよ!」
 ――生まれてきたのを後悔するくらいの苦痛を与えてからきめぇ丸、君を殺す。
 私はその夜中ずっと泣き、叫び続けた。


 昨日のきめぇ丸とのアレは何かの見間違いだろう、と思うようになった。昨夜泣き喚い
たおかげで、すっきりした。
 着替え終わると、いつものように彼へのお弁当を作るため、キッチンに向かった。彼に
疑念を抱いた詫びに好きなものを詰めてあげよう。ソーセージ、ハンバーグ、玉子焼き、
シーザーサラダ。
 それらを弁当箱に詰め込んだ。『ああ、琴葉最高茶尾。きめぇ丸なんて目じゃないね、
一瞬でもあんなのに誘惑されて、恥ずかしいよ』なんて言ってくれないかな?
「琴葉、そろそろ学校に行く時間じゃないの?」
 そんなことを妄想していると、お母さんの言葉で我に返る。時計を見れば8時だ、そろ
そろ家を出なくてはいけない。
「マジで?」
「本気も本気の大本気(おおマジ)よ」
 やれやれ、とため息をついてエプロンをたたんだ。
 真くんの弁当を鞄に詰め込んだ。ベルトを肩にかけて家の外に飛び出した。

「おはよう」
 私は真くんの家の呼び鈴を鳴らす。いつものように真くんが出てきた。
「いつもありがとな」
 にこっ、と魅力的な笑顔を返してくれた。彼の笑顔を見るたびに、私は元気が出るんだ。そう思ったが――。
「明日から弁当作らなくていいから」
 いきなりのリストラ宣言だ。
「あ?」
 昨日と同じように上がり調子に声を放ってしまった。
「なんで?」
 抑揚のない声で聞く私に、真くんは少し詰まるように言った。
「それが、さ。クラスの女子が……交代で昼飯の弁当作ってくれるって言うんだ」
 うわっ。私は腹に強烈なパンチを食らったような感覚を覚えた。衝撃が脳まで響く強
烈な一撃だ。
 そんな私を気にする様子もなく、真くんは言葉を続けた。
「そうすれば、琴葉だって自分の弁当作れるし、わざわざ迎えに来たり、買い弁しなく
て済――」
 私は言葉を遮るように力なく答えた。
「ああ、そう。ありがとう……」
 君のためなら早起きくらい簡単なんだよ? 迎えに行く道は最高に楽しみなんだ。しか
し、『俺たちもう少し、離れて付き合おう』と言われた手前、そんなことを言ったら余計
に離れるだろう。ここが苦しいところだ。
 そんなことを思いながら、フラフラとした足取りで通学路の残りを歩いて行った。


 4時限目の数学の授業が終わった。今日は進路相談の日だから、4時限目で終了だ。ゆっ
くりと昼ごはんを食べることが出来る。いつもは待ち合わせの屋上に行って昼食を摂るの
だけど、昨日言われたことを思い返すと、今日会える可能性は低い。
 しかし、一縷の望みをかけて屋上に上って、今か今かと期待に胸を膨らませてサンドイ
ッチを食べていた。
 現実は甘くなく、真くんどころか1人も来なかった。諦めて、階下も下りたところで
真くんとバッタリ出会った。
「琴葉」
 手には私のお弁当箱を持っている。
「今日、外で食べたんだぁ……屋上には来なかったね」
「あぁ、用事があって」
「何か感想はある?」
「え、うん。美味かったよ。俺の好きなものばかりで。どれも上出来だった」
「それだけなのかい?」
「ん?」
 首をかしげる真くんにそれ以上何も言う気が起きなかった。
「……いい……何でもない」
 私は軽くなったお弁当箱を手に取ると、とぼとぼと肩を落としてクラスに向かった。
 途中でトイレに寄って便座に腰かけると、深いため息をつく。
「最後のお弁当なのにそれはないだろ」
 凄い反応を期待していた私は、あまりの薄さにがっかりしていた。

『見た? 今日の伊藤くん』
 トイレの外で女子2人が立ち話をしているようだ。
『きめぇ丸さんとご飯食べてたよ』
『マジで? 伊藤くんって桂さんと付き合ってたのでは?』
『ガセって話よ。中学校3年間ベッタリだったらしいけど』
『マジで? なら誘えば良かったな……。きめぇ丸如きと中庭でお弁当食べてたんだろう?』
『うんそうそう。あ、お弁当と言えば、さっき伊藤くん平気な顔してお弁当箱返してたけ
ど、あの中身は中庭のゴミ箱に捨ててたわよ』
『マジで? それってすっげぇ幻滅したぞ』
『私もガセだって信じたいわ。それできめぇ丸さんの作ってきたお弁当を美味しそうに食
べてたの、言っとくけど、真実も真実、大真実(おおマジ)だから』
『マジで? 最低だな』
 それだけ言って2人は教室に帰って行ったようだ。

「ウソだ」
 拳を握ってドアを叩く。
「真くんがそんなことするわけがないよ」
 思わず弁当箱を投げ捨てた。ふたが外れて、空っぽになった容器が床に転がる。おかし
い、何かが、おかしい。なんで空っぽなんだ?
 本来あるべき仕切りや爪楊枝は?
 食った? それこそNOだ、もっと現実を見よう。
 もしかして――
 私は『中庭』『ゴミ箱』という2人の会話に出てきた単語だけを頼りに、中庭に下り
て行った。
 幸い人はいなくて、最悪ゴミあさりしても目撃されることはない。
 そして私が作ったお弁当に群がるゆっくり一家を見つけた。
「それを返せ。でなければ潰すよ?」
 私は声を低くしてゆっくり一家の大黒柱らしきまりさに警告した。
「ゆ! これはまりさたちがさきに――」
 とりあえず、まりさに交渉の余地はなかった。私はまりさの髪を掴んで、鯉のいる池
に投げ込んだ。
「あばばばばあばばばばば! おびゅじゅだとゆっぐりでぎ――」
 まりさの叫びは鯉の暴れる水しぶきでかき消された。池に棲む鯉は落ちたゆっくりを食
べることで有名な鯉だ、あっという間にまりさを食い尽くした。
 続いてつがいのれいむの方を見た。私と目が合って、即座に危険だと判断したようだ。
「おちびちゃん! はやくそれをおねえさんにかえしなさい!」
 れいむが赤ちゃんたちが食べているソーセージを引っ張った。しかし、赤ちゃんたちも
負けじと引っ張り返す。
「やぢゃあああ! こりぇはれいみゅがみちゅけちゃのおおおお!」
「れいみゅたちの”じゅーちー”をうびゃうおきゃーしゃんとはゆっくちできないいい
い!」
 私は赤ちゃんごとソーセージを持ち上げた。
「うわあ、れいみゅおしょらをとんでりゅみちゃい!」
 そんなのんきなことを言っていたので、手で払い落とした。プチトマトほどの赤ちゃん
が1メートルと数十センチ落ちて、タイルの床にへばりつく。
「あがぢゃんゆっぐりじでえええええええ!」
 落ちた赤ちゃんに近寄るれいむ、その行動とは裏腹に子どもは皆死んでいた。いや、地
面に打ちつけられながらも、1匹だけ落ち葉がクッションとなり、運悪く即死出来なかっ
た赤ちゃんがいた。
「まだあれが生きてる……」
 私が指差すより早く、虫の息の赤ちゃんに近づく。
「おちびちゃん!」
「みゃみゃ……しゃむいよ……くりゅちいよ……」
 か細い声で何度も声を詰まらせながら、母親に助けを求める。
 その間に私は地面に触れていないソーセージを2本拾った。ようやくソーセージが3本
揃った。
「汚れてたら食べられないよね、きれいにしなくちゃ」
 そう言って、私は目に見えるゴミを取り払って、汚れたソーセージ(いやらしい意味
ではない)を口元に持っていく。ピチャピチャと湿った音を立てて、私は真くんの
ソーセージ(決していやらしい意味ではない)をきれいにする。
 私の行動が食べているように見えたのか、赤ちゃんが私にソーセージをよこせと言
った。
「れいみゅの……”じゅーちー”……もっちぇかにゃいでええ……」
「おねえさん! それをおちびちゃんにわ、わ、わげでぐだざいぃぃ!」
「ダメ、これは真くんのだよ」
 3本目のソーセージをきれいにして、弁当箱に詰める。
「……みゃみゃ……しゃいごに、あの”じゅーちー”な……ぼうしゃんを……ぺーろ、
ぺーろだきぇ、でみょしちゃかっ……だょ……」
 最後の赤ちゃんはれいむにそれだけ言って事切れた。
「ざーんねんでした」
 そう言って私はれいむに背を向けて立ち去った。
「あがぢゃんおべんじじでええええ!」
 というれいむの叫びをBGMに。

「……琴葉、まだいたんだ。一緒に帰るか?」
 私に真くんが話しかける。
「今日は委員会で遅くなったから、真くんを待ってたんだ。それより、今、お腹減って
ない?」
「まあな、恥ずかしながら」
 私はラップで包んでに大事にしまっておいた、”さっきのソーセージ”を差し出す。
「残りで悪いけど、真くんお肉好きでしょ?」
「あぁ、好きだ」
「あげるよ、もったいないから食べて」
 楊枝に刺した2本のウインナーを真くんに差し出す。
 私は、残った1本のウインナーを口に頬張る。
「ありがとう、もらうよ。折角だしな」
 真くんが”さっきのソーセージ”を口に含んだ。きっと美味しいと思ってくれるよ。


 さて泥棒猫には制裁を加えなくてはならない。
 私はきめぇ丸の家まで自転車をこいでいった。
 郵便配達員を装って呼び鈴を押す。ノコノコ出てきたところをスタンガンを押し付けて
気絶させた。目撃者がいないことを確認すると、近くの廃ビルにきめぇ丸を運んだ。
「ここは……?」
 床に転がして数分後に気がついたきめぇ丸。しかし、荒れたビルの内部で目覚めたことにうろたえているようだ。
「ここがどこかはどうでもいい」
 私はきめぇ丸に顔を近づけた。
「キモくてうぜぇきめぇ丸、私が誰か知ってるかい?」
 誘拐した犯人が私だと分かって安心したのか、フッと鼻――無いけど!――で笑って
頭を斜めに傾けて口を開いた。
「知っていますよ、隣のクラスの桂琴葉さんでしょう。伊藤くんから聞いています」
「それなら、話は早い。真くんと別れろ」
 私は餡子脳ゆっくりと同類であるきめぇ丸に分かりやすいように、簡潔に用件を伝えた。
「無理です。私と伊藤くんは付き合っているのですから」
 高速で顔を左右に振って否定の意志を伝えてきた。『別れろ』『はい』と言ってことが
進むとは考えていなかったし、実力行使は最終手段に決めていたが、ここまで挑発的に断ってくるとは思いもしなかった。
「良ければ、彼の胸にあるホクロの形を教えましょうか?」
 そう言ってきめぇ丸は服の襟を引っ張り、首筋に残る色っぽい痣を見せ付けてきた。そ
れは真くんと肉体関係を結んだと、暗に言っているのだ。彼の初めてを奪いやがって……。
「伊藤くんと私は種族を超えた強い絆で結ばれているのです。数年間一緒にいただけの安
っぽい仲で満足するあなたとは違うんです」
「君がたぶらかしたんだろうが!」
 私は近くにあったコンクリート片をつかんで、きめぇ丸に投げつけた。きめぇ丸はそれをさっとかわす、哀れなコンクリート片が後方の地面に叩きつけられて砕けた。
「おぉ、怖い怖い」
 きめぇ丸がなおさら侮蔑の表情を浮かべて、私を見下してきた。怖いだって?
「そんなことを言わないで。私はここを1人で帰らなくちゃいけないから、もっと怖い
よ」
 私は右ポケットからバタフライナイフを抜いて、きめぇ丸の首に突きつけた。きめぇ丸
の表情から一瞬で余裕が無くなった。きめぇ丸が顔をこわばらせて、手に握られているナ
イフを見つめている。
「ちょっときめぇ丸! 私の真くんを食べたでしょ!」
 私はそう叫んだ。

「饅頭と同類のクセに」
 私の声にきめぇ丸が瞳孔を広げた。
 きめぇ丸の横っ面に握った拳を打ち込んだ。歯の折れる感触がして、きめぇ丸の口からきめ
ぇ丸口から黄金色に澄み切った液体が流れる。
 手についた分を舐めてみると、トリガラスープの味がした。へぇ、きめぇ丸の中身ってこうなってたんだ……。
 きめぇ丸は私の目を見た。いつもの人を見下すような目だ。
「種族を超えた強い絆だって? 笑わせないでよ、公園で菓子の奪い合いをするような饅
頭もどきのクセして、一丁前に人間様のマネして恋が出来るなんて思うなよ!」
 倒れたきめぇ丸の脇腹を蹴り飛ばす。
 つま先がきめぇ丸の体に食い込むたび、低い肉を打つ音が鳴り、四肢がビクッと震える。
「ぐっ……」
 私に背を向けて、頭を手で庇い、体を丸めて蹴りを防御しようとする。
 そんなことをしてもムダだ。
 私は足を振り上げて、きめぇ丸の頭を上から踏みつけた。
 きめぇ丸の歯が折れる鈍い音を聞いた。口から鶏がらスープが流れ出て、黄金色の池を作った。
 集団リンチ死した死体の様に、手足を投げ出して床に転がっているきめぇ丸を、私は
見下ろした。勝ち誇るように腕を組んだ。
 十数回蹴ったところで気分がスッキリして、これ以上蹴ることはあるまいと思った。
「ああ、スッキリした。別に殺したっていいんだけど、今回だけ初回サービスで生かして
おいてあげる、以降私の慈悲に感謝して、残りのゆん生を送ってね。でも約束だ、二度
と真くんに近づかないでね。また、一緒に帰ったりデートしているところを見かけたら、
今度はその首を圧し折って、引きちぎって、焼却炉に叩き込むから」
 そういい残して、私は入り口へと引き返そうとした。
 鞄を背負ったときに何かブツブツ言っていたので、そこで動きを止めた。
「なぁ~にか言いたいことでもあるのかな?」
 振り向いた私の目には、床にうつ伏せに転がったまま、前歯を折って口から体液を流し
ているきめぇ丸の姿が映った。
 震える声できめぇ丸ははっきりと言ってきた。
「……あなたの言うことは絶対に聞きません……わたしはにんげんじゃないけど……ゆっ
くりでもありませ――」
「どんなに人間みたいに見えても、所詮きめぇ丸はゆっくりなんだよ。たまたま進化の過
程で人間っぽく変わっただけで」
 私はきめぇ丸が言い終わるより早く、ローファーのつま先できめぇ丸の顔を蹴り上げた。
 折れた歯と体液を撒き散らして、きめぇ丸が仰向けに転がった。飛び散ったスープはビ
ルの天井にまで達した。
「違います……」
 きめぇ丸は顔を涙でぬらして、苦しそうに答えた。泣きたいのは私の方だというのに。
「だったら、どうして私に殴られっぱなしなの? 人間なら私を殺してでも、ねんがんの
真くんを奪ってみなよ!」
 そう叫びながら、きめぇ丸の手のひらに踵を乗せて、体重をかける。私は40キロ後半の
体重だがローファーの靴底で踏まれるのは、かなり痛いだろう。きめぇ丸の顔が苦痛に歪
んでいる。
「出来ないだろう? だって、ゆっくりに戸籍を与えられる資格の1つに『人間に危害を
加えない』ことが条件だもんね! あははははははははははははは!」
 きめぇ丸の手から足を離す。きめぇ丸が無事な左手で右手を優しくさすった、白い手に青黒いアザの後がにじんでいる。
「だからさ……どれだけ私に殴られても、どれだけ私に蹴られても、一切反撃できな
いんだよね。せいぜい頑張って耐えてください、フフン……」
 ポケットから取り出した伊達眼鏡をかけて、某チンパン元総理のように笑ってやった。
 眼鏡を投げ捨て、倒れたきめぇ丸の上に再び跨った。きめぇ丸の襟首を掴んで顔を近づける。
「じゃあ、復唱してもらおうか? 『私、きめぇ丸はゆっくりです』って」
「違います……わたしは……」
「もしもーし、誰かいますかー!?」
 きめぇ丸が言うことを聞かないので、きめぇ丸の頭を、職員室のドアをノックするように拳
骨で殴った。
「いい? 私はとっても気が長いんだ、よほどのことじゃないと怒らない。おうち宣言
したもう一度だけ言ってあげるよ『私、きめぇ丸はゆっくりです』ってね……」
 私はそう言って立ち上がると、拳を握って脇腹や肋骨下を何度も打った。自分で言う
のもなんだけど、頭まで響く重いパンチを受けた私の胴あたりは青痣ができていた。
「この痕を私のお母さんやお父さん見せて、『きめぇ丸文にやられた』なんて言ったら
どうなると思う? そしたら殺処分だよ?」
 痛々しい痣を見せ付けて、私はそう言った。途端にきめぇ丸の顔に絶望色とでも言え
ばいいのか、青白くなった。
 その顔を見て、私は責めの手を休めた。そして子どもをあやすように穏やかな口調で
尋ねる。
「3度めの正直だよ?」
「……私、きめぇ丸は……ゆっくり……です……」
 詰まりながらも、きめぇ丸が復唱した。私は口元がにやけるのを抑え切れなかった、
きっと、口角が吊り上がっていたことだろう。
「あと『人家に侵入し、おうち宣言する野良と同類です』と付け加える。それを――20回ね」
「……私、きめぇ丸はゆっくりです……人家に侵入し……おうち宣言する野良と同類です……」
 きめぇ丸は言われたとおりに復唱した。
「はい、よくできました。やれば出来る子なんだね」
 私は数回拍手して、目標の達成を褒めてやった。しかし、きめぇ丸と真くんを繋げるも
のをこの世から排除しなくてはならない。そのことに気づいた私は、ほっとしているきめ
ぇ丸に腕を突き出して尋ねた。
「ところで、真くんから貰った物はあるかな?」
 私はきめぇ丸の服の中に手を突っ込んでまさぐり、財布を取り出した。きめぇ丸と真くんは
図書館でデートしたと関係筋から聞いた。話が正しければ、その利用カードがあるはずだ。
 財布の中のカード類を全部取り出して、3万円ばかり入っている財布をきめぇ丸の顔に
投げつけた。保険証、キャッシュカード、診察券、そういった物の中からお目当てのもの
を見つけ出した。
 まるで宝物を見つけた子どもの様に驚いた演技をして、きめぇ丸に見せ付ける。
「市営図書館の利用カードかぁ……」
「……返して……」
 そこには『きめぇ丸文』と達筆なボールペン字で書かれている。この筆跡は真くんの
ものだった。
「なぁんだ……、こんな紙切れ1枚かぁ……。君への愛情もタカが知れてるね」
 私はそのカードを指の間に挟んで、身を翻して、手を振ってそのまま立ち去ろうとし
た。
 すると、私の足をきめぇ丸が掴んだ。か細い声できめぇ丸が懇願するように言ってき
た。
「財布の中身を全部……差し上げますから……それだけは……」
 私はバタフライナイフを取り出して、ラメパック加工されているそれを4つに切り分
けた。
「ああ、返すよ。ちゃんと捨てといてね」
 それだけ言って、切り裂いたカードを肩越し放り投げた。これでミッションコンプリー
トだ。
 私はカードの残骸を眺めているきめぇ丸に背を向けて、ビルから出て行った。こんな
ところに女の子が1人でいたら危ないよね。

 これに懲りて、きめぇ丸が真くんに近づかないことを祈りたい。
 待っててね、真くん。君はこのきめぇ饅頭と離れて心にぽっかりと穴が空く気持ちにな
るだろうね。だけど安心して、私がその穴を優しく埋めてあげるから……

 こうして、私の人生におけるきめぇ丸の役目は終わった。以後、”二度と登場しない”だからその後の顛末を報告しておく。
 きめぇ丸が廃ビルの5階から投身自殺した。真下に落ちたきめぇ丸の体を中心に黄色い
花が咲き、二度と動くことはなかった。
 きめぇ丸は自殺と判断され、ゆっくり用の火葬場でその身を残すことなく、地上から消
え去った。

 真くんとの関係はその後も良好だ。
 きめぇ丸が自殺してから、1週間くらいしてバツが悪そうに『冷たくして悪かった』と
言ってくれたのは嬉しかった。

 終わり


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 10作品未満作者用感想スレへ
  ※書き込む時はSSのタイトルを書いて下さい。 コレをコピーしてから飛びましょう→『ふたば系ゆっくりいじめ 1317 ちょっときめぇ丸! 私の真くんを食べたでしょ!?』

最終更新:2010年07月22日 14:21
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